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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
ノワ戦を終えて
212/215

戻る仲間達

 盛大に寝過ごしました。

「あ……こ、こんばんは」


 巨躯に見合わない、腰の低い物腰でタイランは部屋の端に立った。

 シルバは樽型のジョッキを、タイランの前に滑らせる。


「タイラン来たか。今日は学習院の方に行ってたんだっけ? 今、ノワとかロンの話をしてたんだ。ある意味、丁度よかったかもな」


 重甲冑の胸部が開き、タイランの本体、青白い燐光を纏う人工精霊が姿を現わした。


「……あ、ちょうどよかったっていうのは、ヴィクターの話、ですか?」

「うん」


 席に着き、ジョッキを両手で抱み込みながら、タイランは昼間のことを思い出しているようだった。


「んん……大人しくは、しています。カナリーさんの所属する研究室が中心になって、古代の人造人間の研究は、少しずつ進んでいるみたいです。詳しい話は、カナリーさんの方ができると思うんですけど……留守なので……」

「研究かぁ。一時期は大変だったからなぁ……」

「ですねぇ……」


 ノワが牢獄に入れられた直後、当然のように彼女はヴィクターを焚きつけて脱走を試みようとしたのだ。

 もちろんその時点で、既に彼女を牢に封じる茨の冠は施されていた。

 その上で、ヴィクターに暴れさせたのだ。

 そしてその阻止をしたのは、その時、ノワとロンに面会に来ていたシルバとタイラン(サヴァラン)だった。

 もっとも、本気で茨の呪詛がノワの命を危ぶむことをヴィクターが察し、破壊活動は停止したのだが。

 以後、ヴィクターは大人しくしている。

 少なくともノワが、茨の冠を何とかしない限り、彼がノワの脱走を手伝うことはないだろう、とカナリーや学習院(アカデミー)の古老達は保証している。


「現状ヴィクターは、囚人とノワさんの世話係と、研究サンプルを全部兼ねるみたいです。ノワさんが出所するまでの間、ですけれど」

「その辺は、サヴァランちんと違うよねー。ある意味では、同じ造られたモノなのに」


 また腹が減ってきたのか、ヒイロは大皿のチキンソテーをぱくつき始めた。


「……その辺の定義付けはなかなか、難しいみたいですね」


 タイランはジョッキを傾けながら、困ったような笑みを浮かべる。

 『人に造られたモノ』という意味ではタイランも同じなので、複雑な思いなのかも知れないな、とシルバは考える。


「だな。もっと分かりやすい例で言うなら、人形族なら逮捕され、自動鎧はそもそも裁く法がない」

「そのサヴァランは今も、鎧の中に組み込んでいるのであるか、タイラン?」


 キキョウは自作の箸で、せっせと焼き魚の骨を取り除いていた。


「あ、い、いえ。今は『混沌(シエロ)』だけです。『灼熱(ハラーラ)』と『吸精(ユリン)』は、『泉の瓢箪』の中です」


 そう言って、タイランは思案顔をする。


「これからどうするかは未定でして……私にまた組み込むか、カナリーさんに仮の身体を用意してもらうか……どちらにしても、もうちょっとこの世界の常識を教えなければ、なりませんし……精霊は基本、自由ですから」

「ねーねー。仮の身体ってどんなの? あの甲冑を小さくした、ミニタイラン風? それとも人形族っぽいのかな?」


 自分の皿に、フォークでグルグル巻きにした大量のパスタを載せながら、ヒイロはタイランに尋ねた。


「いえ、それはまだ、何とも……」

「もしその身体で悪さしたら、どうなるの? 捕まるの? それとも分解?」


 心底不思議そうなヒイロの疑問に、タイランは困惑し、助けを求めるようにシルバを見た。


「ど、どうなんでしょう、シルバさん……?」

「あんまり不吉なことは考えたくないなぁ……」


 ヒイロはそこまで考えての言葉ではないのかもしれないが、『人に造られたモノ』に関わるのならば、そこは常に頭に置いておかなければならないのかもしれない。

 そんなことを考えていると、再びノックの音がした。

 続けて二人が入ってきた。


「さすがにこの辺りは暑いな」

「に……カナリー、厚着しすぎ」


 フード付きの白い冬用マントを羽織ったカナリーと、いつもの帽子にコート姿というリフだった。




 カナリーとリフは、それぞれコートとマントを壁のフックに引っかけた。

 そして空いていたシルバの両隣の席に座る。

 その間に、シルバはカナリーのワイングラスとリフの水を用意していた。


「お疲れさん。やっぱりパル帝国ってのは、寒いのか?」

「そうだね。人間はよく痛いって表現するけど。火酒と防寒着は必須の土地だよ。これからもっと寒くなる」


 言って、カナリーは赤ワインを傾ける。

 その彼女の裾を、骨付き肉を囓りながらヒイロが引っ張っていた。


「ねーねー、カナリーさん、お土産は?」

「悪いが、今ここにはないよ。運送屋に任せてあるから、明日にはウチに届くだろう」


 そして思いついたように、笑った。


「心配しなくても、食べ物もちゃんとある。熊肉とか鮭とか」

「やたっ!」

「にぅ!」


 ヒイロとリフは互いに手を打ち合わせようとしたが、席が遠くてかなわなかったので、揃って両手を挙げた。

 それを眺めながら、カナリーは深く席に座り直した。


「何というか色々大変だった。何しろ、僕は今回の事件を全部知っていることになっているからね。もう一回学び直すのに苦労したよ」

「今回のって、吸血事件?」


 ヒイロが眼をぱちくりさせる。


「違う。クロスがいなくなって、それがパル帝国に流れる人身売買事件になっちゃっただろう? ノワ・ヘイゼルやロン・タルボルト、ヴィクターのこととか色々と、クロスが消える前と変わっちゃってるんだ。辻褄を合わせるのに、必死だったんだよこっちは」


 そして、かつてのクロスの件はすべて、カナリーが担当することになった。


「わ、私達だと、すぐにボロが出てしまいますからね」

「うむぅ……もう少し、某達も駆け引きなどを憶えるべきであろうか」


 『アンノウン』は、嘘をつくのが苦手なパーティーであった。

 シルバは野菜スープに千切ったパンを浸しながら、手を振った。


「いーよいーよ。そういう面倒ごとは俺やカナリーの仕事。その間に、キキョウ達は存分に強くなってくれ。……しかも外交問題にまでなったら、俺の手にも余るだろ。その辺は本当にカナリー、すまなかったな」

「ふ……適材適所という奴さ」


 軽く微笑み、カナリーも食事に手をつけ始める。

 一方で、耳をへにゃりと倒してしまうのは、リフだった。


「……にぅー」

「リフは場数を踏んで、もっと盗賊スキルを磨くことだなぁ」

「にぅ……」


 シルバに頭を撫でられ、リフはコクンと頷く。

 偵察や解錠といった冒険者としての盗賊技術はともかく、リフの人見知りはまだ残っている。

 交渉ごとは、あまり得意ではないのだ。

 リフの髪を引っ掻き回しながら、シルバは話の続きを促す。


「そういえばカナリー。クロスの件って、どうなってるんだ? 大雑把なところは今聞いたので分かってるけどさ、複数用意してた隠れ家とかあったよな」

「その辺も全部、変わってたね。余所の貴族の妾用邸宅になってたりしていた。……お陰様で、妙なところで有力者達の趣味性癖を色々と知ることになったよ」

「……嬉しそうだなぁ、おい」


 くっくっく、と邪悪に笑うカナリーに、シルバ以外の仲間もやや引き気味になっていた。


「その中には、軍の幹部もいてね。せっかくだから帝国軍基地も視察させてもらった」


 お、と反応したのはシルバとキキョウだった。


「まさか、空中戦艦とやらにも乗ったのであるか!?」

「あれ、何でキキョウがもう知っているんだい? まだこっちには情報が流れていないから、驚かせようと思ったのに」

「くうちゅうせんかん?」


 それまで頭をいじられ気持ちよさそうにしていたリフが、首を傾げる。

 それに対しては、シルバが答えてやることにした。


「……パル帝国では、船が空を飛ぶんだ」

「またまたー」


 ヒイロはまるで信じていないのか、笑いながらまたモリモリとタルタルソースの揚げ物を中心に食べ始める。

 カナリーの土産話は続く。


「しかし空中戦艦よりも、むしろタイランの装備の方がなかなか興味深かったよ」

「わ、私ですか?」


 カナリーは頷き、壁に立てられた重甲冑を指差した。


「うん。あの重甲冑は、元々パル帝国で正式採用されている物を、君のお父上が改造した物だろう? なら、それに合う装備が色々あるに違いないと思ってね。ふふふ」


 そして再び、悪人のような笑みを浮かべた。


「カ、カナリー、悪い顔になってるというか狂錬金術師的な何かになってるぞ!」


 何だかまるで、クロップ老のようだな、とシルバは思った。

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