戻る仲間達
盛大に寝過ごしました。
「あ……こ、こんばんは」
巨躯に見合わない、腰の低い物腰でタイランは部屋の端に立った。
シルバは樽型のジョッキを、タイランの前に滑らせる。
「タイラン来たか。今日は学習院の方に行ってたんだっけ? 今、ノワとかロンの話をしてたんだ。ある意味、丁度よかったかもな」
重甲冑の胸部が開き、タイランの本体、青白い燐光を纏う人工精霊が姿を現わした。
「……あ、ちょうどよかったっていうのは、ヴィクターの話、ですか?」
「うん」
席に着き、ジョッキを両手で抱み込みながら、タイランは昼間のことを思い出しているようだった。
「んん……大人しくは、しています。カナリーさんの所属する研究室が中心になって、古代の人造人間の研究は、少しずつ進んでいるみたいです。詳しい話は、カナリーさんの方ができると思うんですけど……留守なので……」
「研究かぁ。一時期は大変だったからなぁ……」
「ですねぇ……」
ノワが牢獄に入れられた直後、当然のように彼女はヴィクターを焚きつけて脱走を試みようとしたのだ。
もちろんその時点で、既に彼女を牢に封じる茨の冠は施されていた。
その上で、ヴィクターに暴れさせたのだ。
そしてその阻止をしたのは、その時、ノワとロンに面会に来ていたシルバとタイラン(サヴァラン)だった。
もっとも、本気で茨の呪詛がノワの命を危ぶむことをヴィクターが察し、破壊活動は停止したのだが。
以後、ヴィクターは大人しくしている。
少なくともノワが、茨の冠を何とかしない限り、彼がノワの脱走を手伝うことはないだろう、とカナリーや学習院の古老達は保証している。
「現状ヴィクターは、囚人とノワさんの世話係と、研究サンプルを全部兼ねるみたいです。ノワさんが出所するまでの間、ですけれど」
「その辺は、サヴァランちんと違うよねー。ある意味では、同じ造られたモノなのに」
また腹が減ってきたのか、ヒイロは大皿のチキンソテーをぱくつき始めた。
「……その辺の定義付けはなかなか、難しいみたいですね」
タイランはジョッキを傾けながら、困ったような笑みを浮かべる。
『人に造られたモノ』という意味ではタイランも同じなので、複雑な思いなのかも知れないな、とシルバは考える。
「だな。もっと分かりやすい例で言うなら、人形族なら逮捕され、自動鎧はそもそも裁く法がない」
「そのサヴァランは今も、鎧の中に組み込んでいるのであるか、タイラン?」
キキョウは自作の箸で、せっせと焼き魚の骨を取り除いていた。
「あ、い、いえ。今は『混沌』だけです。『灼熱』と『吸精』は、『泉の瓢箪』の中です」
そう言って、タイランは思案顔をする。
「これからどうするかは未定でして……私にまた組み込むか、カナリーさんに仮の身体を用意してもらうか……どちらにしても、もうちょっとこの世界の常識を教えなければ、なりませんし……精霊は基本、自由ですから」
「ねーねー。仮の身体ってどんなの? あの甲冑を小さくした、ミニタイラン風? それとも人形族っぽいのかな?」
自分の皿に、フォークでグルグル巻きにした大量のパスタを載せながら、ヒイロはタイランに尋ねた。
「いえ、それはまだ、何とも……」
「もしその身体で悪さしたら、どうなるの? 捕まるの? それとも分解?」
心底不思議そうなヒイロの疑問に、タイランは困惑し、助けを求めるようにシルバを見た。
「ど、どうなんでしょう、シルバさん……?」
「あんまり不吉なことは考えたくないなぁ……」
ヒイロはそこまで考えての言葉ではないのかもしれないが、『人に造られたモノ』に関わるのならば、そこは常に頭に置いておかなければならないのかもしれない。
そんなことを考えていると、再びノックの音がした。
続けて二人が入ってきた。
「さすがにこの辺りは暑いな」
「に……カナリー、厚着しすぎ」
フード付きの白い冬用マントを羽織ったカナリーと、いつもの帽子にコート姿というリフだった。
カナリーとリフは、それぞれコートとマントを壁のフックに引っかけた。
そして空いていたシルバの両隣の席に座る。
その間に、シルバはカナリーのワイングラスとリフの水を用意していた。
「お疲れさん。やっぱりパル帝国ってのは、寒いのか?」
「そうだね。人間はよく痛いって表現するけど。火酒と防寒着は必須の土地だよ。これからもっと寒くなる」
言って、カナリーは赤ワインを傾ける。
その彼女の裾を、骨付き肉を囓りながらヒイロが引っ張っていた。
「ねーねー、カナリーさん、お土産は?」
「悪いが、今ここにはないよ。運送屋に任せてあるから、明日にはウチに届くだろう」
そして思いついたように、笑った。
「心配しなくても、食べ物もちゃんとある。熊肉とか鮭とか」
「やたっ!」
「にぅ!」
ヒイロとリフは互いに手を打ち合わせようとしたが、席が遠くてかなわなかったので、揃って両手を挙げた。
それを眺めながら、カナリーは深く席に座り直した。
「何というか色々大変だった。何しろ、僕は今回の事件を全部知っていることになっているからね。もう一回学び直すのに苦労したよ」
「今回のって、吸血事件?」
ヒイロが眼をぱちくりさせる。
「違う。クロスがいなくなって、それがパル帝国に流れる人身売買事件になっちゃっただろう? ノワ・ヘイゼルやロン・タルボルト、ヴィクターのこととか色々と、クロスが消える前と変わっちゃってるんだ。辻褄を合わせるのに、必死だったんだよこっちは」
そして、かつてのクロスの件はすべて、カナリーが担当することになった。
「わ、私達だと、すぐにボロが出てしまいますからね」
「うむぅ……もう少し、某達も駆け引きなどを憶えるべきであろうか」
『アンノウン』は、嘘をつくのが苦手なパーティーであった。
シルバは野菜スープに千切ったパンを浸しながら、手を振った。
「いーよいーよ。そういう面倒ごとは俺やカナリーの仕事。その間に、キキョウ達は存分に強くなってくれ。……しかも外交問題にまでなったら、俺の手にも余るだろ。その辺は本当にカナリー、すまなかったな」
「ふ……適材適所という奴さ」
軽く微笑み、カナリーも食事に手をつけ始める。
一方で、耳をへにゃりと倒してしまうのは、リフだった。
「……にぅー」
「リフは場数を踏んで、もっと盗賊スキルを磨くことだなぁ」
「にぅ……」
シルバに頭を撫でられ、リフはコクンと頷く。
偵察や解錠といった冒険者としての盗賊技術はともかく、リフの人見知りはまだ残っている。
交渉ごとは、あまり得意ではないのだ。
リフの髪を引っ掻き回しながら、シルバは話の続きを促す。
「そういえばカナリー。クロスの件って、どうなってるんだ? 大雑把なところは今聞いたので分かってるけどさ、複数用意してた隠れ家とかあったよな」
「その辺も全部、変わってたね。余所の貴族の妾用邸宅になってたりしていた。……お陰様で、妙なところで有力者達の趣味性癖を色々と知ることになったよ」
「……嬉しそうだなぁ、おい」
くっくっく、と邪悪に笑うカナリーに、シルバ以外の仲間もやや引き気味になっていた。
「その中には、軍の幹部もいてね。せっかくだから帝国軍基地も視察させてもらった」
お、と反応したのはシルバとキキョウだった。
「まさか、空中戦艦とやらにも乗ったのであるか!?」
「あれ、何でキキョウがもう知っているんだい? まだこっちには情報が流れていないから、驚かせようと思ったのに」
「くうちゅうせんかん?」
それまで頭をいじられ気持ちよさそうにしていたリフが、首を傾げる。
それに対しては、シルバが答えてやることにした。
「……パル帝国では、船が空を飛ぶんだ」
「またまたー」
ヒイロはまるで信じていないのか、笑いながらまたモリモリとタルタルソースの揚げ物を中心に食べ始める。
カナリーの土産話は続く。
「しかし空中戦艦よりも、むしろタイランの装備の方がなかなか興味深かったよ」
「わ、私ですか?」
カナリーは頷き、壁に立てられた重甲冑を指差した。
「うん。あの重甲冑は、元々パル帝国で正式採用されている物を、君のお父上が改造した物だろう? なら、それに合う装備が色々あるに違いないと思ってね。ふふふ」
そして再び、悪人のような笑みを浮かべた。
「カ、カナリー、悪い顔になってるというか狂錬金術師的な何かになってるぞ!」
何だかまるで、クロップ老のようだな、とシルバは思った。




