ノワの収穫
アーミゼスト南部にある、周囲を堀で囲まれた要塞のような建造物。
それがアーミゼストの刑務所、アンロック牢獄である。
広い中庭の一角がさらに茨の垣根で隔離され、そこはさながらちょっとした庭園か植物園のようになっていた。
同業者への強盗や誘拐に多く関わり、現状何十年かはここから出られる見込みがない。
光合成と時折降る雨で充分な上、ヴィクターが身の回りの世話をする為、看守は訪れない。
もちろん、一見開かれている天井は不可視の魔力障壁で覆われており、侵入も脱出も不可能だ。
面会も、極度に制限されている。
ほぼ陸の孤島と化している日当たりのいいこの場所と小さな小屋が、木人となったノワ・ヘイゼルの牢獄でもあった。
「やーもー、返してよう! ノワが育てたんだからー!」
金縛りにあったノワの頭を、黒髪黒衣の女性がまさぐっていた。
クロエ・シュテルン。
シルバの知己の、何でも屋である。
「駄目ですよー。まだまだノワさんの被害にあった人達への全賠償金には程遠いですし、サクサクと取り立てさせてもらいますね。はいハッパ、これは果実、七分咲き以下や青い果実は今後に期待ですね」
言って、取り立て屋でもあるクロエは、大きな籠に金色の葉や赤い木の実を入れていく。
その他の作物は、この庭園で育った果実や木の実であった。
「うぬー! よくもよくもよくもノワの成果をっ!」
質素な上下だけという服装のノワは、棒立ち状態のまま動くことが出来ない。
が、念を込めて木の枝となった指先を伸ばし、クロエを襲おうとする。
「やめておいた方がいいですよ」
クロエは、手を休めないまま言った。
そのノワの頭に嵌められた、茨のリングがギュウッと締まる。
「にゃあああああ!? 痛い痛い痛いーっ!?」
金縛りが解け、ゴロゴロゴロとノワは転げ回る。
クロエの収穫を黙って見ていた巨漢、フィリオ・モースがゆっくりとした足取りで近付き、ノワを見下ろした。
もちろん、それまでノワを金縛りに遭わせていたのは、彼である。
「馬鹿者が……。頭に巻いた茨の冠は悪意や敵意に反応して締め付ける。もう先日言ったことを忘れたか」
その茨の冠は、この空間の収穫物に手を出した場合も同様に締め付けるように、細工が施されている。
ヴィクターに命じた場合も同様だ。
フィリオはノワの襟首を掴み、自分の目の前に吊り上げた。
「ううぅー! ノワ負けないもん! 必ず脱走してやるんだから!」
涙目になりながら、ノワはフィリオに挑戦的に指を突きつける。
「……我がまだ未熟な獣であったなら、ほだされていたであろうが、生憎とその涙に心は揺らぐことはないぞ、ノワ・ヘイゼル。牢獄の周りには蔦の結界を張ってある。貴様が動けば、即座に気付くぞ。それに……」
フィリオの両目が、強い緑色の光を放つ。
「貴様が女であるから、精霊砲五発で済ませてやったが、まだ喰らいたいか……? 本来ならば我が姫を拐かそうとした者、この程度では済まさぬのだぞ……!」
「ひぅっ……い、いらない! も、もう粉微塵に吹っ飛ぶのはいらないもん!」
全財産の没収。
そして自身の身体から育った作物を片っ端から収穫されるのは、強欲なノワにはとてつもなく苦痛らしかった。
特にそれらの作物が高価であることが分かっていれば、尚更であった。
「……と、まあ、こんな感じであった」
キキョウは、ノワの様子を話し終えた。
「……超元気だな。いつか脱走しかねねー勢いだ。っていうかキキョウは何してたんだよ」
「うむ。一通りその作業を眺めた後、せっかくなのであそこに、ジェント産の稲を植えさせてもらった」
キキョウは、杯を掲げた。
常日頃から、キキョウが米酒の出来にうるさかったのを、シルバは思い出した。
こちらの米酒は今一つなのだそうだ。
「……田んぼまであるのか?」
「本当に小さいモノであるがな。あそこの土壌はなかなかと、フィリオ殿も言っておった」
「でも、ノワが壊したりしないか?」
「作物に害を与えれば茨の冠の締め付けが増すのは、変わらぬらしいのだ。私物であるし、本人には食う分は少量分けてやるということで交渉は成立もしてある。基本、水と太陽の光以外、今のノワは何も手に入れることができぬのでな。飴と鞭で言えば、これが飴に当たるか。世話係はヴィクターに任せることにしてある。……ああ、それと、ついでにロン殿に面会を申し込んだら先客がいたぞ」
「知り合いか?」
シルバの問いに、は、とキキョウは笑った。
「知り合いも何も、ヒイロであった」
その時、扉が勢いよく開いて、話題の当人であるヒイロが飛び込んできた。
「ご飯ー! あれ、まだ二人だけ?」
大きく手を上げたヒイロは、キョトンと部屋を見渡した。
額に手を上げながら、シルバは、はぁ……と吐息をついた。
「……どういう挨拶だ」
「ふはー、落ち着いたー」
大量の皿が、満足げなヒイロの前に積み重ねられる。
シルバ達はまだ、食べ始めて半分といった所だった。
うん、とヒイロは自分の少しだけ大きくなったお腹を撫でた。
「とりあえず、腹五分目って所だね」
ガタ、とシルバとキキョウが椅子からずり落ちかける。
「まだ食う気かよ!?」
何とか立ち直り、シルバはヒイロに突っ込みを入れる。
「あ、うん、適当につまむから先輩達は気にしないで食べてていーよ」
「そうさせてもらうけどな。んで何、お前今日、牢の方に行ってたんだって?」
「あれ、何で先輩がそのこと……あ、キキョウさんか」
「左様。別に隠すようなことでもないであろう?」
「うん。ロンさんに『気』の扱い方を教わってたの」
扱い方と言っても……と、シルバは考えた。
「確か、面会しかできないはずだよな? どう教わったんだよ」
「だから、コツだけね。自力で回復する方法とか、肉体強化とか。できれば実践で教わりたかったんだけど、後は独学だねー」
「相変わらず、技の吸収に貪欲だなぁ」
一度戦った相手から、必ず何かを持ち帰っているような気がする。
「うん。鬼族の中じゃボク、かなり弱い方だしね。そういうの、どんどん取り込んでいかないと」
「……あれで弱いとか。戦闘種族の強さって、本当に際限がないよな」
シルバとしては呆れるしかない。
「それに、どんどん強くなって、俺の仕事がなくなってきそうだなぁ……」
自力回復に強化までされたら、自分は何をすればいいのだろう。
そんなことをシルバは考えるが、何故かヒイロは慌てて首を振った。
「や、そそ、そんなことないよ!? 先輩がいるといないとじゃ、戦闘全然違うもん!」
ヒイロに、キキョウも深く同意する。
「うむ、背後に回復してくれる人がいる安心感は、某にもよく分かるぞ」
「そういうモンか。で、話を戻すけど、ロン・タルボルトはどうしてた?」
「ん、んー、特に何かあったって訳じゃなくて、元気にやってたみたい。牢の中でも鍛錬は積んでたみたいだけど」
「……精進しているようで、何より」
俺の知ってる前衛職の人間は、こんなのばかりだな……と、シルバは内心思った。
「ま、狭い牢獄の中でも修業はできるし、狭いからこそできる稽古もあるって言ってたね。ただ、記憶がないから反省できないのが難だって」
「そりゃしょうがないな。そういう意味だと、本来牢獄にいちゃいけない人になってるんだが……」
「……さすがにそういう訳にもいかなかったであるな」
悪魔召喚に関しては、教会から口外してはならないよう命令が下されていた。
それに関して一番危険なノワは牢に封じられ、隣の部屋にいたと思われるタヌリック・ウェルズという男は現在も追っ手が掛かっている。
時間を巻き戻して若返ったといっても、周囲の人間には分からない。
狼男ということもあって、外見はほとんど変化がなかったのだ。
……そもそも、ほとんど人との付き合いがなかったようなので、変化の差を判断する人間もいなかったというのもあるのだが。
今のロンが、ライカンスロープになる前のロン・タルボルトであることを立証するのは、難しかった。
だが『今の』ロン・タルボルトは記憶がなくても『かつての』自分が罪を犯したのは事実であるし、それで丸く収まるのなら、と牢獄に入ることを承知したのだった。
「看守さんの話だと、模範囚で通ってるし、それほど長く掛からず出られるかもだって」
「ま、それが救いといえば救いか。牢獄と言えばもう一人――」
その時、ノックの音がして大きな甲冑が入ってきた。
タイランだ。




