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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
ノワ戦を終えて
210/215

一ヶ月後、酒場にて

 夕方。

 いつもの酒場の個室ルームにいたのは、キキョウ一人だけだった。


「いよう」


 真新しい儀式用の司祭服のシルバは軽く手を上げて、荷物を下ろしいつもの席に座った。


「おお、シルバ殿。ずいぶんとよい格好ではないか」


 一人、杯を傾けていたキキョウは尻尾を軽く揺らして微笑む。


「からかうな。仕事だ仕事」

「はは、嘘ではないぞ。……む? リフはどうしたのか?」


 ノワ達との戦いから、一ヶ月ほどが経過していた。

 地上にいるほとんどの期間、リフは迷宮で約束した『報酬』として、白い仔虎の姿で『だっこ』と『なでなで』をシルバに履行してもらっていた。

 だから、リフがいつものようにシルバの頭に乗っていないのは、珍しいことだった。


「俺がパル帝国の役人と会食だろ。だからリフは今日、別行動でエトビ村の方」


 パル帝国の国立博物館から盗み出された『魂の座』を取り戻した礼として、アーミゼストにあるパル帝国の大使館から会食に招待されたシルバは、パーティーを代表して赴いたのだ。

 襟を緩めながら言うシルバに、キキョウは納得した。


「リフは朝から出たけどまー、戻るのはもうちょっと掛かりそうだな」

「ああ、例の件であるか」


 リフの仲間というか友達になったモンスター達に関わる話である。


「そ。いや、その話は後にしよう。とりあえず飯だ飯。どうも食った気がしねー」


 テーブルの上は、キキョウの米酒以外には、何も載っておらず、シルバは呼び鈴を叩いた。

 甲高い金属音が鳴り響く。


「食事ならじきにヒイロが戻ってくるので、先に多めに注文をしておいた。飲み物だけの注文にしておくべきであろうな。しかし、会食の食事はそんなにまずかったのであるか?」

「美味いことは美味かったけど、どーも堅苦しいのは駄目だっていうか、だから代わってくれって言ったんだよ、キキョウの薄情者め」


 テーブルに突っ伏しながらの恨み節に、キキョウはぶんぶんと首を振った。


「そ、そそ、某とて、そのような場は好まぬ。ジェントの礼儀作法が通じるかも怪しいモノだ。第一、リーダーであるシルバ殿が赴くのは妥当な筋であろう。それに、某は某で前々から予定があったのは知っているはずだ。でなければ、同行はしていたぞ」


 その時、ノックの音がしてウェイトレスがやってきたので、シルバはリンゴジュースを注文した。

 ウェイトレスが去り、シルバはボリボリと頭を掻く。

 そのせいで、せっかく整えた髪も台無しになってしまっていた。


「うー……大体『魂の座』の返却なんて、単なる偶然なんだから礼を言われる程じゃないんだよなー。リーダーじゃなきゃ、カナリーに丸投げだったっつーのもー」


 そしてそのカナリーは現在、里帰りである。

 皮肉なことに、ホルスティンの本家はパル帝国にある。


「しかし、せっかく頂けるという報酬をみすみす見逃す訳にもいくまい」

「まーな」


 そしてその報酬も冒険者ギルド預かりなので、感謝状やら勲章やらだけがシルバの荷物の中にある。


「何か、面白い話題はなかったのであろうか。さすがにずっと、緊張しっぱなしだったという訳ではあるまい」

「土産話になるような話は……んー、強いて言えば何か、えらい学者や錬金術師が総動員して、長時間空飛ぶ実験をしてるとかそんなのか」

「ほう、空を。魔術であるか?」


 魔術で空を飛ぶことはできる。

 もっとも、魔力に限界がある為、長時間の航空は難しいというのが現状だ。

 だが、パル帝国の大使の話は、そんな常識を二、三段軽く跳び越えたモノだった。


「んにゃ。高出力の精霊炉を使用して、船を浮かせたらしい」

「……は?」


 キキョウの目が点になった。

 うん、普通そういう反応するよなーと、シルバは思う。シルバもそうだった。


「いや、だから、船」

「船が空を飛ぶと申すか」


 眉の間に皺を寄せながら、キキョウが問い返す。


「俺も、眉唾と思うんだが、実際オルドグラム王朝があった頃には、天空城ってのがあったしなあ。何かつい先日、サフォイア連合王国の方に、出現したって話知らないか?」

「ぬ、そのようなことがあったのであるか」

「うん……それで、ちょっと変なこと聞くけどキキョウ、エムロードって国知ってる?」


 シルバの問いに、キキョウはコテンと首を傾げた。


「ぬぬ? 心当たりがないであるが」

「そっか」

「何の話であるか?」

「いや、件の天空城ってのはしばらく空に浮いてたらしいんだけど、ちょっと前に海の方に移動して、そのまま沈んだんだと。で、探索途中だった冒険者達もそのまま巻き込まれて、海の藻屑になりそうだったところを、謎の冒険者に助けられたらしい」

「はぁ」

「謎の冒険者の名前が、キキョウ・ナツメ」


 思わず、といった風にキキョウは腰を浮かせた。


「はああぁぁ!?」

「まあ、同姓同名の別人か、キキョウの知り合いが偽名を使ったんだろうなーって踏んでるんだけどな。どうもサムライじゃなくて、魔術師っぽかったらしいし」

「ぬぬぬぬぬ……誰であろうか。魔術師……ううむ、心当たりがあるようなないような。何か、特徴とかあったであるか?」

「キキョウと同じ……まあ、厳密には違うんだろうけど、狐獣人だってことぐらいかな」


 言って、シルバはスッとキキョウから目を逸らした。

 宴の席の雑談であり、それ以上の情報はない。

 正確には、『おっぱいが大きかった』という証言もあったのだが、わざわざキキョウを荒ぶらせることもないだろう。


「その空中戦艦とやらで軍を運び、空から魔王領を攻めるらしい。まあ、確かに面白い試みだとは思うけどな。あとは同じ動力炉を使って東西を横断する列車を作るとか」

「ホラではないのか?」


 キキョウはまだ、半信半疑のようだった。

 無理もない、とシルバは思った。


「……いやあ、シトラン共和国のプレスも入ったって言うし、公表がまだここまで来てないだけで、既に機密じゃないらしい。むしろ広めてくれって感じだったなぁ」

「ふむぅ……空を飛ぶ船であるか。浪漫であるな」


 難しい顔をしながら、キキョウは唸った。


「だな。さすが鋼鉄の国だけのことはある。ついでに言えば、軍事の話でしか盛り上がれないってのは、聖職者としてどうなんだ、俺?」

「シルバ殿も男子ということであろう。ああいう格式張った場では、本来カナリーが一番強い。ああ、そういえばそのカナリーの里帰りからの帰還も、今日辺りだったはずであったな」


 瓶の中身が減ってきたな……と呟きながら、キキョウは杯に残りの米酒を注いだ。


「ということは久しぶりに全員揃うか」

「うむ。こちらは、フィリオ殿と共に牢獄の視察であったが、無事に終えた」

「元気にしてたか、アレ」

「……元気すぎるぐらいであった」


 キキョウは、この日の昼のことを話し始めた。

 話の流れで、別の国のとある事件にも言及されましたが、時間軸的にはそんな感じです。

 生活魔術師シリーズ三冊目『生活魔術師達、天空城に挑む』も、よろしくお願いします(宣伝)。


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