サヴァランVSヴィクター
ググッとヴィクターの身体が持ち上がり、そのまま跳ね上がる。
そしてその下から、土埃にまみれたサヴァランが起き上がってきた。
「ガ!」
元気を証明するように、両腕を上げてガッツポーズを作る。
「ぬう……おまえ、がんじょう」
「ガガ……」
「でも、すぐにはうごけない。おれ、わかる」
サヴァランのダメージが抜け切れていないのは、明らかだ。
容赦なくヴィクターは突っ込み、ラリアットをサヴァランに仕掛ける。
「ガガガガガガ」
サヴァランは、とっさに身を屈めてヴィクターをやり過ごした。
「おまえ、しぶとい」
振り返ったヴィクターは、腕を振り上げると、霊樹に悲鳴を上げさせたあの拳の猛攻を繰り出した。
「ガ! ガガ! ガァ!」
拳の形に甲冑を歪めながら、それでもサヴァランは両腕でヴィクターをつかみに掛かった。
それを見過ごすヴィクターではない。
逆に腕を伸ばし、さっきと同じパターンで四つに組んだ。
「とどめ、さす」
ヴィクターはサヴァランと組んだまま、再び天井目がけて跳躍する。
その時、サヴァランの両目が強く輝いた。
「ガ……!」
天井近くまで到達したところで、突然ヴィクターの全身に衝撃が走った。
直後、ヴィクターは浮遊感がなくなったのを感じた。
自由落下に入った訳ではない。
「むう……!?」
ふと横を見るとワイヤーが伸びていた。
サヴァランのロケットナックルが、天井にめり込んでいた。
それが、空中で急停止した理由だ。
それをヴィクターが悟るより早く。
「ガァッ!!」
サヴァランの膝蹴りがヴィクターの腹に入った。
「うお……」
支えのないヴィクターはそのまま自由落下に突入する。
ほんのわずかな時間差を置いて、サヴァランが天井から己の拳を引き抜き、敵の背中を追った。
「ぐあ……っ!?」
「ガガガ……!!」
そして、さっきとは逆の立場で、同じ技が炸裂する。
大瀑布落とし。
凄まじい衝撃が部屋を駆け抜け、ヴィクターが潰れたカエルのように横たわる。
「ガ」
サヴァランは起き上がると、痙攣するヴィクターの両足を掴んだ。
そして、先刻と同じように腰部回転機巧を駆動させ、猛スピードで回転する。
それに加えて今度は足下から噴き上がる浮遊装置が左右逆に回転し、さらに回転力を高めていく。
二倍の速度で回転するその様は、まさしく台風。
「竜巻大回転投げ!!」
シルバがグッと握り拳を作った。
タイランが目を瞬かせる。
「え、あれ技名あるんですか?」
「いや、俺が今適当につけた」
「……私が使う時、憶えておきますね」
大部屋に巨大な風を巻き起こしながら、サヴァランは加速のついたその勢いを利用して、ヴィクターを壁目がけて放り投げた。
肉の砲弾と化したヴィクターは、猛スピードで壁に激突し、そのまま身体を三分の二ほど瓦礫に埋めたまま、動かなくなった。
ヴィクターの戦闘不能を確かめ、サヴァランは両腕を上げて咆哮を上げた。
「ガオオオオン!!」
「あ、あの……シルバさん」
タイランの問いかけに、シルバは頬から一筋の汗を流しながら頷いた。
「……うん、言いたいことは分かってる」
タイランは、雄叫びを続けるサヴァラン=自分の外装を、ちょっと困った顔で見つめていた。
「……あれ、あまり私の戦い方の参考には、なりませんよね?」
「……だな」
壁に向かってヴィクターが吹っ飛び、背後からものすごい衝撃が伝わってきた。
ノワもヴィクターが心配だったが、今は自分のことで精一杯だった。
「にゃー」
おぼつかない足取りの不思議な体術で攻めてくる、赤ら顔の獣人の相手で大変だったのだ。
だが、いい加減ノワも、リフの狙いが何か分かってきた。
しきりに、ノワが握りしめている右手を狙っているのだ。
「も、もしかして、マタツア狙ってるの……!? なら……」
ノワは木の枝となった手を開くと、マタツアをリフの背後に投げ捨てた。
「にぅ……!?」
即座にリフは反応し、クルッと背後を向く。
「い、今の内に」
反撃をするのは容易だ。
けれど、一人倒した程度ではもはや事態はどうにもならない。
ここは撤退しよう……。
ノワが投げ捨てたマタツアの実を、シルバが受け止めていた。
「……どうやって奪おうかと思ってたら、自分から捨ててくれるとはありがたいな」
「シルバ君!?」
バラバラに散らばった他の実は、せっせとタイランが回収していた。
「にゃー」
眠たそうな目で飛びかかってくるリフに、シルバは印を切った指をかざした。
「我に返れ、リフ。『覚醒』」
青白い聖光がリフを包み、直後彼女の中から酔いは消失していた。
「……にぅ?」
キョトンとした眼で、リフはシルバを見上げる。
その後ろでは、尻尾が緩やかに揺れていた。
「……危ない危ない。その酔拳は、敵味方の区別がつかないのが難点だよな」
「に……ごめん」
リフの頭をクシャクシャにしながら、シルバはもう一方の手でマタツアを懐に隠した。
そしてリフを、ノワの方に向かせる。
「とにかくこれで終わりだ、ノワ」
「む! ノワは負けないもん! こうなったら……」
ざわ……と、ノワの緑色の葉で出来た髪がざわめく。
嫌な予感がして、シルバはリフの頭をポンと叩いた。
「リフ」
「にゃあっ!」
強烈なリフの咆哮と共に、ノワの動きが硬直する。
「っ……!? か、身体が……」
どうやら金縛りにあったらしい。
霊樹ですら一瞬強張らせるリフの咆哮だ。
どれだけ優れていようと、普通の木人であるノワなどひとたまりもない。
シルバはノワから目を離さないまま、リフの頭を撫で直した。
くすぐったいのか、リフの耳がピクピクと痙攣する。
「……リフ、今、何しようとしたんだ、コイツ」
「にぅ……たぶん花粉。目くらましとか……くしゃみさせたりとか……この部屋いっぱいにして火をつけるとか。そすると爆発するから……にぃ……自分は落とし穴に逃げる」
リフはシルバにもたれかかりながら、解説した。
「お、おっそろしいこと考えるな、おい。……さっき勝負がついた時、先に拘束を頼むべきだったか?」
そうすりゃ反撃されずに済んだのにな、とシルバはぼやいた。
「にぅ……」
「タヌさん!」
金縛りにあったまま、ノワは突然叫んだ。
「!?」
部屋にいる全員が緊張する。
「タヌさん、いるんでしょ!? ノワ、危ないの! 助けてよ!」
ノワの視線は、奥の部屋……ヴィクターが眠っていた研究室の方を向いていた。
「……誰か、隣にいるのか?」
シルバの呟きに答えたのは、まだかろうじて元気なカナリーだった。
彼女は、倒れている仲間や従者、リフの味方になったモンスター達を見渡した。
「見てこよう。リフ……は、消耗しててキツそうだな。キキョウも戦闘不能か。参ったな。獣人の鼻が欲しかったんだけど」
「に。ちょっと待って。お兄、だっこ」
リフはシルバに背中を向けたまま、両腕を上げた。
「待つんだ、リフ。この状況でその報酬を口に出すか」
「シ、シルバさん、真面目な話みたいですよ?」
「に」
タイランのフォローに、リフは腕を上げたまま頭だけ振り返る。
この体勢でだっこということは……。
「……脇を持てってか?」
「に」
リフに言われたまま、彼女を両手で持ち上げる。
そして、ノワに近付くよう指示されたので、これも従う。




