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隠し球

「ちょっと待った」


 シルバが声を上げる。


「何よう。今更命乞い? こっちには人質もいるんだよ?」

「いや、そうじゃなくて。そうじゃないんだ」


 シルバも、命乞いをするつもりはない。

 確かに今はピンチだが、実はそれほど危機感を抱いていないのだ。


「……あのな、お前、二つミスってるぞ」

「何よぉ」

「一つ。その、マタツアの実での無力化ってのは、以前リフとその兄弟が経験してる。うん、そいつは霊獣だ。否定しない」

「だから?」

「……だからさ、同じ失敗を、二度すると思うか?」


 ましてや、とシルバは思う。

 あの過保護な父親が、何の対策も打たなかったはずがないのだ。

 いざという時、自力で危難を乗り切る力を、リフは有しているのである。


「にぅ……」


 脱力したリフがしゃがみ込み、するり、とノワの腕の拘束から抜け出る。


「え?」


 戸惑いの声を上げるノワ。


「にゃっ」


 まだ酔ったままのリフはふらりと立ち上がり、その顔面を後頭部で叩いた。


「きゃうっ!?」


 顔を押さえるノワ。

 しかしリフはそれに構わず、とろんとした眼で宙づりにされているシルバを見上げて小さく微笑んだ。


「にー……お兄、たのしそう」

「……いや、別に楽しくないぞ。それよりみんなを解放してくれないか」

「にぅ……」


 酔眼のリフは、少し首を傾げた。


「したら、だっことなでなで」

「……いくらでもしてやるから」

「にゃー」


 リフが両手を挙げると同時に、仲間達を縛っていた木の根が大暴れした。


「わーーーーーっ!?」


 石巨人が天井に叩き付けられ、ヒイロは頭から床に埋まってしまった。

 地面に倒れまだ目を回していたフレイムホーネットが、落とし穴に落とされてしまう。


「ちょっとちょっと何何何!? 何が起こってるのー!?」


 木の根の主であるノワも、突然の暴走に戸惑っていた。

 つまり、リフの霊獣としての力――木属性への強さ――をノワは把握していないということなのだが、さすがに今は、シルバもそれを考える余裕がなかった。


「い、いや、うん、やっぱりいい! とにかく、ノワをやっつけろ」


 ピタッと、暴れまくっていた木の根が停止する。


「にー……だっこは?」


 リフは、それが気がかりらしい。


「ちゃんとするから!」

「にゃー……やたっ」


 くるんと振り返り、ノワと相対する。


「そ、そんな、千鳥足で、ノワに勝てると思ってるの!?」


 ノワは傍らに落ちていた斧を、指先から蔓を伸ばして拾い上げ、大きく横薙ぎに振り回した。


「にゃ」


 リフはぺたんと尻餅をついて、斧の刃を頭上にやり過ごす。


「……にうー」


 そのままごろんと前回りし、両足の踵でノワの太股を強く蹴った。


「ひきゃっ!?」

「なう……ひっく」


 しゃっくりをしながら立ち上がり、弛緩させた身体で拳を振ろうとするリフにノワは戸惑う。

 どれが本物の攻撃か予測ができないのだ。

 と思ったら、ハイキックが側頭部に来た。


「い、痛ーあっ!?」


 その後も、リフの膝蹴りや肘打ちが面白いようにノワに命中する。

 それを見下ろしながら、シルバはノワに言った。


「やめとけ。何か東の方に伝わる、酔っ払いの拳法らしいぞ」

「と、と、とにかくヴィクター!」


 予測不能な酔拳を操るリフに何とか抵抗しながら、ノワは命令を聞くべきかリフを止めるべきか戸惑っているヴィクターに叫んだ。


「おう? のわさま、やっていいんだな」

「そ、そう! とにかくリーダーのシルバ君を最優先で叩きのめして!」

「わかった」


 大きな足取りで、ヴィクターが迫ってくる。

 しかし、シルバは怯まなかった。


「もう一つ。お前は全員を拘束できたと思っているが、実は違うんだな、これが」

「で、です……!」


 タイランも縛られたまま、頷く。


「その状態で何言ってもただの強がりなんだから! あーもう、何この変な動きー!?」

「なうー」


 ノワは、酔っぱらったリフの相手で手一杯のようだ。

 もっとも原因はノワ自身だ。自業自得と言うべきだろう。

 ヴィクターは拳を振り上げ、シルバの顔面を狙う。

 大きな拳が振り抜かれ――それが途中で停止した。


「ぬう……?」


 ヴィクターの拳を、鉄の掌が制していた。


「ガ」


 掌の主が小さく声を上げる。

 シルバを守るように、ヴィクターにも負けない大きな鎧が立ちはだかった。

 タイランを守る外装、パル帝国製の重甲冑だ。

 彼は掌に力を込め、ヴィクターを押し返した。


「うお……っ」

「ヴィクター!?」


 パワー負けしてたたらを踏むヴィクターに、ノワが悲鳴を上げた。

 金髪が揺れる。

 さっきのリフの大暴れで、口を覆っていた蔓が解けたカナリーだった。


「どうにも決まらない姿で失礼するけど紹介しよう、人造人間ヴィクター」


 紅い瞳が、ヴィクターを見据える。


「……テュポン・クロップ老の精霊炉を組み込んである。動力は、『混沌(シエロ)』『灼熱(ハラーラ)』『吸精』――はまだ、名前を考えていなかったな。あの魔術師の名前を使うわけにもいかないし――の中級精霊三体分。まあ、いわば君の年の離れた弟……いや、従弟ぐらいかな」


 ズン、と重い足音と共に、重甲冑が一歩踏み込む。


「ガオオオオン!!」


 重甲冑――サヴァランは両腕を上げ、雄叫びを響かせた。


「僕の、最後の隠し球だ」




 サヴァランの雄叫びに、一瞬気圧されたノワだったがすぐに立ち直った。


「ハ、ハッタリよ! ヴィクターやっつけて!」

「わかった。おれ、のわさま、まもる。せんとうもーどのきどうこーどをくれ、のわさま」

「え……? で、でも、あれって確か、戦闘モードから戻れないんじゃ……」

「つうじょうもーどでは、かてない。ぼうはつしそうになったら、あいつらがとめる。せんとうもーどのきどうこーどをくれ、のわさま」


 暴発の危険性の始末を相手に任せるという、酷い考え方であった。

 そして、ここに来て躊躇う、ノワでもなかった。


「『バトロン』! いっちゃえ、ヴィクター!」

「せんとうもーどにいこう。――おまえ、やっつける!!」


 主に命じられたヴィクターの肉体が、戦闘モード用なのか赤銅色に変化する。

 そのままサヴァランに突進しながら、大きく拳を振りかぶった。


「ぬうんっ」


 振り抜かれた拳を、サヴァランは揃えた太い鋼の両腕でガードする。


「ガ!」


 しかしヴィクターの拳の重さは尋常ではなく、サヴァランはそのまま三メルトほど後ろに引きずられてしまう。

 すかさずヴィクターは拳を開き、赤い光を収束させる。


「せいれいほう!」


 だがそれはサヴァランも予測していたのか、ほぼ同時に手の甲の射出口から放った青い精霊砲で迎撃する。


「ガガガ!!」


 赤い精霊光と青い精霊光が激突する。

 古代の人造人間VS自動鎧。

 新旧の人に造られたモノ同士の熾烈な戦いが始まった。

 サヴァランはフランスの焼き菓子です。

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