決着、そして反撃
キキョウは、狐面で顔を覆った。
ロンは同時に動き出したが、狐面の隈取りを光らせたキキョウの方が、遥かにその動きは速かった。
ロンの目が、キキョウの背後に集中する。
「尾が三本に……!?」
「ゆくぞ、これが某の全力である!!」
持って三十秒。その後は完全に動けなくなる、諸刃の剣の攻撃でもある。
赤光を纏いながら、キキョウは超高速の斬撃をロンに繰り出していく。
「ぐ、う……」
必死に回避するロンだが、その肌には見る見るうちに切り傷が増えていく。
だが、このままでは押し切られる。
「龍爪指!」
そう判断したロンは、敢えてキキョウの一撃を指と指の間で受け止めた。
白刃取りだ。
「な……」
一瞬動きを止めてしまったキキョウの顎をロンの足が蹴り上げる。
「が……っ!?」
そのまま跳躍し、ロンは天井に両足をついた。
「――ならば、こちらも絶招で返そう! 龍顎双掌!!」
揃えた両手を前に突き出し、紅蓮の炎を纏ったロンが頭上から襲撃する。
高速回転しながら迫る絶技に、キキョウは刀を杖にして、かろうじて立っていた。
「失敗したな……某が力尽きる前に反撃したお主の負けだ」
「何……?」
ロンが一瞬戸惑い、キキョウは最後の気力を振り絞った。
「四本目ぇ!!」
キキョウの尾が四本に増え、その姿が霞んだ。
否、その場で回転したのだ。
遠心力を利用した大振りの強烈な一撃が、突進してきたロンの土手っ腹に斬りつける。
「げは……っ!?」
血を撒き散らしながら、それでもその両手はキキョウの肩に突き刺さり、二人はそのままもつれ合ったまま、派手に地面に倒れた。
埃が舞い上がり、カナリーは目を細めた。
「……で、ヒイロ、リフ。この場合、どっちの勝ちなんだい?」
「相打ち」
「に」
土埃が晴れると、そこには目を回した血まみれの二人が横たわっていた。
一方、シルバとタイランは、木人となったノワを見下ろしていた。
「さて、ノワ。これでもう終わりだ。いい加減、諦めてお縄につけ」
ノワは肩を震わせていた。
泣いているのか……?
一瞬シルバは思ったが、すぐに思い違いに気がついた。
ノワは、笑っていたのだ。
「うふふふ……戦力が一人減ったね、シルバ君?」
もちろんそれは、キキョウのことに他ならない。
今のロンが、ノワの味方につくとは思えなかったが、何にしろ彼はシルバの仲間の一人を討ち取ったのだ。
これまで静かだったのは、情勢を見守っていたから……?
つまり、ノワはまだ諦めていない。
危機感を抱くシルバに、タイランが驚きの声を上げた。
「シ、シルバさん……この人、手が……」
「手?」
言われ、シルバはノワの両手を見た。
茶色の手の先が、床に埋まっている。
いや、突き刺さっているのだ。
「準備完了……!」
にぃっと笑顔のノワが顔を上げると同時に、床から大量の木の根が飛び出し、シルバ達に襲いかかってきた。
床から出現した木の根達は、あっという間にシルバ達の身体に巻き付いた。
特にリフの仲間になったモンスターの一匹、フレイムホーネットはノワの葉で出来た髪の間から出現した蔓で、真っ先にはたき落とされてしまっていた。
木人となったノワにとって、炎は何よりの弱点だからだ。
「雷……もが!?」
そして雷撃の呪文を唱えようとしたカナリーには、口の周りに蔓が巻き付いてしまう。
「くそっ……! なんて頑丈な木の根なんだ」
「と、解けません……!」
タイランも手助けしてくれたが、自分を縛る木の根はビクともしなかった。
舌打ちしながら、シルバは考えた。
振り返ると、皆、木の根に身体を縛られ、宙吊りにされていた。
それにしたって、いくら何でもこんな短時間で、ここまで木人としての能力を使いこなせるモノなのか。
だが、すぐに思い直す。
人間に二本の手や足が備わっており、それを使うのはもはや本能。
ならば、枝や木の根を伸ばすのもまた、木人の本能でありさして難しいモノではない。
というのは、冒険者になる前、魔王討伐軍の補給部隊で先輩だった木人ユグドの言葉だ。
もっとも、この木の根の数は充分非凡と言えるんじゃないだろうか。
それにタイランまで縛られているのは、腑に落ちない。
シルバはノワに悟られないように、タイランに『透心』で意思の疎通を試みた。
『タイラン、火の精霊にはなれないのか?』
『そ、それが……切り替える為の力が入らなくて……』
明らかにおかしい。
視線を床に落としてみる。
それの正体にシルバはようやく気づいた。
「そうか……霊樹の根の裏……!」
ノワは、そこを使って自分の木の根を伸ばしていたのだ。
やはり一筋縄ではいかない相手だ。
人工精霊である、タイランを警戒してのことだったのだろう。
現に、ノワは霊樹の力を用いて、タイランの精霊としての力を封じ込めている。
そのノワはといえば、勝ち誇りながらシルバ達を見上げていた。
「ぎゃっくてーん♪ ふっふーん、油断したねシルバ君。みんなもいい気味だよ。くぷぷ」
「むー!」
ヒイロが顔を真っ赤にしながら、身体に巻き付いた木の根を引きちぎろうとする。
「無理無理。今のノワの木の根は、鬼でも千切れないよ」
「ぬうううう」
だが、少しずつ軋みを上げながら、幾重にも巻かれた木の根の輪は開き始めていた。
「ちょ、うわっ……!?」
余裕をなくしたノワは、慌ててヒイロを締め付けた。
「はううぅぅ……お腹空いて力が出ない……」
ガクリ、と項垂れるヒイロだった。
「あー、ビックリした」
安堵の吐息を漏らすノワを、シルバは宙吊りにされたまま見下ろした。
「……たった二人で、俺達相手に勝つつもりか?」
「そんなこと言ったってシルバ君、現に負けてるじゃない」
わっさわっさと葉になった髪を揺らしながら、ノワが笑う。
「ちょっと油断しただけだ。第一、ウチにはお前の属性に強い奴が一人いてだな……」
そういえば、リフはどうしているんだろう。
そう思い、改めて振り返ると。
「にゃう~……」
「よ、酔っぱらってるーーーーーっ!?」
何だか真っ赤な顔をして、リフはポ~ッとしていた。
その足下には、何やら木の実らしきモノが落ちていた。
「やっぱりその子が霊獣だったんだね~。効果覿面」
同じモノを、ノワは枝となった手の中でも弄んでいた。
シルバにもそれは見覚えがあった。
「そ、それはマタツア……!」
猫系の霊獣を強烈に酔わせる木の実だ。
当然、リフにも有効であり、ご覧の有様という訳だ。
「あれ、知ってるの?」
「ああ。以前、剣牙虎の霊獣の仔らが、罠に掛かったことがあってな。その父親から詳しく話を聞いたことがある。……何で、霊獣だって分かった?」
「分かるよ、そんなの。クロス君が言ってたもん。モース霊山って、剣牙虎の霊獣が治める有名な山なんでしょ? それにリフ……ちゃん? 猫の獣人だし、精霊砲も使ってたっぽいもん。教えてもらってたの」
あんにゃろう、とシルバは既にいなくなった半吸血鬼を呪った。
「だからね、もう一回悪魔を呼び出せると思うんだ~。霊獣の魂なら、三つ分使えるよね? しかも全部自分だけに!」
「どれだけ強欲なんだよ、お前!? さっきの失敗で何一つ学ばなかったのか!?」
「さっきの願いは、失敗としていい教訓だったと思うよ? だから、願いことはしっかり考えないとね。『元の身体に戻りたい』……だと、どの時期まで戻されるか分からないし……ま、とにかくリフちゃんは確保!」
「にうー……」
木の根の触手に巻かれたまま、目を回したリフはノワの手元まで引き寄せられた。
根の拘束が解け、代わりにノワは片腕でリフの細い首を固める。
「それからカードも返してもらうからねー」
ノワはもう一法の手から蔓を伸ばし、シルバの懐を探っていく。
シルバは抵抗するが、身体に木の根が巻き付かれてはどうにもならない。
しかし、何が不満なのか、ノワは唇を尖らせた。
「ちょっと、何で『女帝』のカードがなくなってるの!?」
「消えた」
「消えたってどういうこと!?」
どういうことも何も、カナリーに預かってもらおうと投げた直後、札は虚空に消えたのだ。
そういえば、ノワはカナリーの従者であるセルシアにぶっ飛ばされていて、見ていなかったか。
「あ……」
シルバが思い出したのは、ついさっき消えたばかりの悪魔の言葉だった。
『よし、札を借りる礼として、一回だけ君を助けよう』
「アイツかー……」
そういえば、別れる前に胸を指していたっけ。
とにかく『女帝』のカードをシルバが今、持っていないことは確かだった。
「まあいいよ。下僕にしようと思ったけど、そういう事ならシルバ君達はもう用済み。ここでまとめて全滅してもらうよ」
諦めたノワはリフを抱えたまま、隣に控えていたヴィクターを見上げた。
「たった二人だけど、みんな動けないんじゃしょうがないよねえ。さあ、ヴィクター、やっちゃって!」
「おう」
ヴィクターが、ずん、と重い足を一歩踏み出す。




