龍
キキョウの刀の腹をロンの拳が弾く。
どちらもスピードを活かす戦術が得意だが、それでもロンの方が手数は多い。
「なかなかやるな……」
「お主もな!」
二人が近付いては風を切る音と共に火花が散り、そしてまた離れる。
「どちらもよくやるね……」
接近戦に関しては素人同然のカナリーとしては、もはや何が何だか分からないレベルだ。
そういう意味では、ヒイロの方がよっぽど目が利いている。
「そんなに長い勝負にはならないよ。どっちも体力が限界に近いからね」
「回復されててもかい」
「血とか精神力とかまでは、ちょっと先輩の回復でもどうにもならないからねー」
「なるほど。……しかし、ロン・タルボルトはもう、ライカンスロープとしての力を失っている。勝ち負けは明白だろう」
肉体面では、例え変身していなくても狼男の時の方が相当に高かったはずだ。
それが失われた今では、キキョウの方が有利なはずではないのだろうか。
「に……そうでもない」
リフが、へたり込んだままのノワを注意深く見張りながら、首を振った。
「うん?」
カナリーも危うく忘れかけていた彼女の存在に再び注意を払いつつ、首を傾げる。
「そこなんだよねー……どうも、前よりいい動きをしてるって言うか」
ヒイロもリフに同意していた。
どうやら小さい二人組は、カナリーには分からない何かをロンに感じているようだった。
実際、純粋なスピードという点に関しては、前のロンの方が速い。
だが、今のロン・タルボルトの動きには、野生が失われた代わりに奇妙な歩方が使われ、かつての獰猛さをカバーしていた。
その洗練された技術は、獣の速度を上回っている。
しかしそれは、カナリーの知識にはない動きだった。
「にぃ……あれはサフィール拳法。それも形意拳のひとつ」
「ケーイケン?」
聞いたことのない単語だった。
「動物をまねる拳法」
「あー。言われてみれば……」
ヒイロが納得したように声を上げる。
だが、そのまま「?」と首を傾げてしまった。
「でもリフちゃん。あれ、何の動物?」
「に……牙と爪。曲線的なうごき、長いしっぽ……ほのお、それに空中からの急降下こうげき――」
リフは、眉根を寄せた。
手強い、とキキョウは思った。
体力は限界に来ている。
人狼の力も失われた。
なのに、前よりもずっと、ロン・タルボルトは強かった。
「それがお主本来の戦い方か、ロン・タルボルト……」
「ああ」
「なるほど……理性を失う人狼となってからは、封じていたのだな――」
その動きをする動物と、キキョウは直接戦ったことはない。
しかし、絵と知識では知っている。
奇しくも、彼と同じ名前を持つ生物であり、サフィールではこう呼ばれている。
「「――龍・タルボルト」」
リフと、キキョウの声がハモった。
シルバもキキョウの戦いを見守りたいが、こちらはこちらでやることがあった。
「さて、仕事も済んだし僕はそろそろ消えようと思う。名残惜しいけどね」
ネイトは少しずつ、身体の一部が粒子となって崩れていっていた。
そのまま、キキョウとロンの戦いに視線をやった。
「ふむ、別れのハグやキスの一つもしたいところだけど、向こうの集中力が途切れそうだな。戦いを台無しにする訳にもいかないか」
「……向こうが戦ってなかったら、やってたのかよ」
シルバの突っ込みに、ネイトは特に大きくもない胸を張った。
「当然だ。いや、もちろんシルバからしてくれるなら、僕はいくらでも受け身になるが、君はシャイだからね」
「……そういうのはシャイとは言わない。単なる見境なしだ。大体、いつまでお前、悪魔をするつもりなんだよ」
「……え?」
シルバの問いに目を瞬かせたのは、シルバに寄り添っていたタイランだった。
シルバはタイランの方を向き、ネイトを指差した。
「コイツは元々は獏って言う霊獣だったんだけどな、今回の霊樹みたいな形で生贄にされて悪魔になったんだよ」
「生贄……」
恐ろしく重そうな話を、シルバは平然と言い、言われた方も特に何とも思っていないようだった。
「何、昔の話だ。気にしなくていい」
ぶるぶるぶると、タイランが首を振る。
「い、いえ、普通そこはすごく気にするところだと思いますけど」
「あー、うん。その当時はシルバも必死になってくれたけどね。なっちゃった物はしょうがない」
もっとも笑っていられるのも、本人が無事(?)なお陰だ。
シルバはボリボリと頭を掻いた。
「本来は召喚された悪魔の方が主で捧げられた魂はその悪魔に回収されるんだが、コイツの場合は……ちょっと特殊なケースというか」
「シルバのお陰で、逆に乗っ取ることができたんだ。もっとも本来の身体そのモノは失われたがね。それからは悪魔として、人々の願いを叶える素敵な仕事に就いているという訳さ」
「……素敵か?」
さっきの三つの願いを見た身としては、疑問を抱かざるを得ない。
ネイトは、小さく首を振った。
「残念ながら仕事に私情を入れる訳にはいかない。たとえシルバといえども、新しい願いを叶える訳にはいかないんだ」
「誰もそんなことは言ってないし、叶えてもらおうとも思わねえよ!?」
「そうか、残念だ。ところでシルバ。君のパーティーに僕を入れてくれないかい」
「本当に話がポンポン飛ぶなぁ……」
つくづく、ペースを保つのに困る相手であった。
「……そういう話は、俺の一存では決められない。みんなと相談してからになるし、今は仕事で手が離せない。第一、悪魔ってのはそんな簡単にやめられる物なのか?」
「そこは僕の方で何とかするとして……ああ、どちらにしろもう一度会わなきゃならないのか」
「言っとくけど、お前を召喚するつもりはもうないぞ!?」
自身の召喚を、さりげなく司祭に振る悪魔であった。
「冷たいなシルバ。愛が不足している」
「いちいち他の生き物の魂を捧げる訳にもいかないだろうが!? 俺の仕事を何だと思ってやがる!?」
「別にシルバの魂でもいいぞ? 一生大切にしよう」
「断固断る!」
「そうなると、現界にまだ留まってる状態で依代が必要な訳だが……まあ、その点は解消されたから、よしとして」
「何の話だ?」
シルバの問いに構わず、ネイトは話を進めた。
「よし、札を借りる礼として、一回だけ君を助けよう」
「こっちの問いは、完全無視かよ!?」
うんうん、とネイトは一人納得する。
そして小さく呟いた。
「……後は、返却とゴドー氏への挨拶か。ルベラントにも回らなきゃならないな。うんよし、シルバ。精液を寄越すんだ」
「いきなり何を言い出すんだお前は!?」
「契約に必要なのだよ。別に血液でも髪の毛でもいいんだが」
「だったら最初から髪の毛って言えよ!?」
「陰毛でも別に構わない」
「ほれ、これでいいか!」
シルバは自分の頭から、髪の毛を数本引きちぎって突き出した。
「何も引きちぎらなくてもいいだろうに……うん、ありがとう。しばしの別れだ」
ネイトの身体の崩壊はいよいよ本格的になり、どんどんとその存在が薄れていく。
「本気で戻ってくる気か?」
「特にこの仕事にも執着はないし、僕一人いなくなったところで誰かが困るって訳でもないからね。君の所有物になれるなら、僕としても望む所だ」
「しょ、所有物……?」
「では、また会おうシルバ」
戸惑うシルバを無視して、ネイトはそのまま消滅してしまった。
「待て! 最後の台詞が不穏すぎる! お前一体何をするつもりだ!?」
シルバは抗議するが、ネイトはもうそこにはいなかった。
「……マ、マイペースな人でしたね」
「……ああ。全っ然、変わってないというか成長してねえ……」
部屋が静まり返る。
霊樹は静かに萎れつつあった。
魂が奪われたのだから、当然だろう。
地面に何だか粒のようなモノが落ちていたので、何となく拾ってみる。
木の実か種か分からないが、リフに聞けば分かるだろう。
ふと、キキョウの方を見ると、二人は刀と拳を構えたまま、対峙していた。
「あっちはそろそろ大詰めみたいだな。見守ってやりたいが、こっちはこっちの仕事がある」
「は、はい」
シルバは、へたり込み俯いている木人の少女に近付いていった。
ちなみに本作品の世界観では、実はトカゲ型ドラゴンを龍、ヘビ型ドラゴンを竜と書き分けてたりするのですが、竜と書いてロンはやっぱり微妙になじめないので、ここでは龍とさせていただいています。




