キャノンボアの目覚め待ち
「ににににに……」
リフの手の動きに合わせて、キャノンボアの巨体に蔓が幾重にも巻き付いていく。
胴体だけでなく、四つの脚も地面と繋がれる形で、蔓は絡んでいった。
シルバは、身体の大半が緑色に包まれたキャノンボアの巨体を見上げた。
「……リフ、ご苦労さん。でもこれ、千切れたりしないか?」
シルバの問いに、リフは首を振った。
「に、大丈夫。何重にも編んでる。父上の保証つき。飛龍でも地面にしばれる」
「フィリオさんの保証付きならまあ、問題なさそうだな」
キャノンボアの他、バレットボア達も同じように蔓で縛られている。
火の精霊を纏うバレットボアもいたらしいが、もうその術を使う魔力は残っていないだろうというのが、カナリーの見立てだった。
そのカナリーが赤と青の従者を伴い、森の中から戻ってきた。
「シルバ、倒したバレットボアは『回収』しておいたよ」
カナリーが放り投げた、収納能力付きの道具袋を、シルバは受け取った。
「ああ、ご苦労さん。後はコイツが目覚めるのを待つだけか」
「に」
当たり前だが、縛っているキャノンボアやバレットボア達は生きている。
今は腹部を緩やかに上下させ、安らかに寝息を立てているが、いつ起きるか分からない。
見張っておく必要があった。
戦闘不能に陥りながらも、意識のあったバレットボアもおり、それらにリフが通訳を試みてみたが、全員がこれを拒否した。
「生き残ったバレットボアから、話が聞ければよかったんだけどねえ」
「にぅー……みんな感情的。でも戦ってたから、しょうがない……」
リフは帽子のツバで、目を伏せた。
拒否した理由は単純で、同胞を殺した相手と語る言葉がない、というのがほとんどだった。
シルバたちだって、抵抗しなければキャノンボアたちに殺されていたのだ。
どちらかに死者が出るのは、やむを得ないことだった。
カナリーが先ほどまで『回収』していたのは、そうした命を落としたバレットボアたちである。
「ヒイロは?」
「グッスリお休み中だ。……枕にしては、硬いと思うんだけどね」
カナリーは、木陰を親指で指した。
そこでは、タイランの膝枕で眠っている、ヒイロの姿があった。
タイランは、甲冑姿のままである。
「に……木の根もちあげて、枕作れるけど……」
「ま、いいんじゃないか? 下手に動いて、目を覚ますよりは寝かしておいてやろう」
「にぅ」
そんな話をリフとしていると、フッと影が差した。
見上げると、キキョウが高い木の上から飛び降りてきていた。
相当な高さがあったはずだが、キキョウは重さを感じさせない着地をすると、森の奥を指さした。
「シルバ殿。向こうに古びた村らしきモノがあるぞ」
「村?」
「正確には村の形をした廃墟であるな。建物は朽ち、どの屋根にも雑に苔が生えているようであるし、人が住んでいるとは思えぬ。もっとも結構な距離がある故、それ以上の詳細は近づかねば分からぬが」
「いや、充分だ。助かる。じゃあ、尚更話を聞かないとな」
「うむ」
キキョウもまた、キャノンボアを見上げた。
ただ、カナリーには別の意見があるようだ。
「放っておいて、その村を探るっていう選択肢もあると思うよ」
「……まあ、あるにはあるけどさ、カナリーも分かるだろ? 一応、隠れ里の管理もしてるんだし」
「確かに。無駄な戦いが起こる可能性があるね」
もうしばらく時間が掛かるだろうと、シルバたちはその場でたき火を起こすことにした。
茶を沸かして休憩をしていると、やがてキャノンボアが身じろぎを始めた。
「ブル……」
どうやら意識を取り戻したようだ。
座って茶を飲んでいたシルバは、カップを置いて立ち上がった。
「お、起きた。リフ、話せるか?」
「に、やってみる」
リフがキャノンボアの鼻面に近づいた。
「ブルルルル……!」
「に、にぅ……」
警戒するキャノンボアを相手に、リフが会話を試みる。
しばらく、シルバには理解できない獣言葉での話し合いが続き、リフがシルバを見た。
「『透心』は、あやしいからヤだって」
『透心』が使えれば話はもっとスムーズに進むだろうが、今はあまり刺激しない方がいいだろうと、シルバは判断した。
「……まあ、しょうがないな。リフ、通訳を続けてくれるか」
「に。でもなに聞く?」
リフの問いに、シルバは少し考えた。
「まず、そもそもナニモノなのか、聞いてくれるか? 普通のキャノンボアとは思えない。……まあ、体格も平均よりデカいけど、それよりも知能だな」
「にぅー……モース霊山にも、あんなのいない。リフも気になる」
リフは、再びキャノンボアとの会話に戻った。
そして一区切りついたのか……タイランを見た。
「に。水を飲んだら賢くなったって言ってる。……水?」
「リフちゃん、そこで、私を見られても!?」
いきなり話を振られ、木陰で休んでいたタイランが驚いた。
「ブルル……」
キャノンボアは立ち上がろうとするが、全身に絡みついた蔓がそれを許さない。
「に。案内するから、この蔓を解いてほしいって言ってる」
「んー……」
シルバは唸った。
向かう先はおそらく、キキョウの言っていた廃村だ。
「シルバ、気をつけた方がいい。解いた瞬間、また暴れる可能性もある」
カナリーが、常識論を説く。
当然の心配だろう。
「だよなあ。……でも、解こう」
「本当に人の忠告を無視するよね、君は」
カナリーは苦笑いをしながら、肩を竦めた。
「いやあ、でも今回大金星上げたアイツも言うと思うからさ」
シルバは、まだタイランの膝枕で高鼾をかくヒイロを指さした。
「一応、僕は警戒はしておくよ。一人ぐらい、念を入れておく人間は必要だろう?」
「そういうことなら、某も気を張っておくのだ。おそらく無用であろうが、この辺りは冒険者としての心得であるな」
指先に電撃を走らせるカナリーに、刀の柄に手をやったキキョウが並んだ。
「分かった、頼む」
そしてシルバはリフに頼んで、キャノンボアの蔓を解いてもらった。
「ブルル……」
ゆっくりと、キャノンボアは身体を起こした。
まだダメージが残っているらしく、やや足下がおぼつかない。
けれどその視線は、ヒイロに注がれていた。
「に。ヒイロのこと、気にしてる。……疲れて寝てるだけって言っといた」
キャノンボアの視線を感じたのか、ヒイロが目をこすった。
「んー……」
寝ぼけ眼のまま、起き上がる。
「おい、ヒイロ大丈夫か?」
「だいじょーぶ……」
「ブルゥ……」
重い足音を鳴らしながら、キャノンボアがヒイロへと近づいていく。
「よいしょ」
ヒイロは頭を下げたキャノンボアの鼻面に脚を掛け、そのまま頭のてっぺんに乗った。
「……よし、行こっか先輩。どこに行くのか、知んないけど」
「ブルルゥ……」
頭を上げたキャノンボアが、リフを見る。
どうやら、バレットボア達の蔓も解いて欲しいらしい。
シルバとリフは、顔を見合わせた。
「……なあ、ヒイロとアイツ、言葉、通じてないんだよな?」
「……に。そのはず」




