猪神
廃村には、バレットボアたちが棲んでいた。
入り口で寝そべっていたのもバレットボア、道行くバレットボア、建物を出入りしているのもバレットボアだ。
「……人は住んでないが、猪が棲んでるな」
シルバは村を見渡した。
十数件の建物がある程度の、小さな村だ。
正面に村長宅だったと思しき建物がある程度で、他の建物は似たり寄ったりだ。
ただ、その途中にある広場には、大きな猪の骨が置かれている。
そして、やはり人の姿はない。
ヒイロが乗っているキャノンボア以外に、同種族はいないようだ。
大きいのも小さいのもみんなバレットボアで、シルバたちを遠巻きに見ている。
この辺りは人間と同じような反応だ。
「なかなかに興味深い光景だねぇ。でも、ここに住んでいたと思しき人は、どうしていなくなったんだろう。少なくとも人が作った建物だよね?」
知的好奇心が刺激されるのだろう、カナリーは上機嫌でリフに尋ねていた。
「ブル……」
リフを通じて、キャノンボアが小さく唸った。
「に、知らない言ってる。名前、メイジェル」
キャノンボアの名前は、メイジェルというらしい。
「へえ、立派な名前だね。……モンスター同士で名前を付け合う習慣なんて、あまり聞いたことないんだけどな」
「ブルゥ……」
「にぅ、名前、神様からもらったって言ってる」
「ますます、興味深い……!」
カナリーは大興奮だ。
この廃村は、学者ならば探究心が疼いてしょうがない環境なのは、シルバもちょっと理解できた。
それとは別に……シルバは距離を取って警戒している、バレットボアたちの視線が気になった。
出かけていたキャノンボアやバレットボアの群れが連れてきたとはいっても、彼らから見れば自分達は武装した異種族だ。
不安になるのも当然だろう。
「リフ。ちょっと周りの視線が痛い、とりあえず、どうこうするつもりはないってことは、ちゃんと伝えてもらえると助かるかな」
「に」
リフが伝えると、キャノンボアのメイジェルは周囲に対して唸った。
すると、わずかながら警戒の視線は和らいだように、シルバには感じられた。
広場に近づくにつれ、そこに置かれていた骨の全容が分かってきた。
「おお、デカいね」
ヒイロが声を上げる。
自身が乗っているキャノンボアよりも大きな頭蓋骨だ。
胴体の骨は、さすがに組み立てるようなことはできなかったのだろう、その後ろに積み上げられていた。
土も付いておらず、この骨が、この村で大切にされているのがシルバにも分かった。
「にう、アレはメイジェルたちの『神』。メイジェルが森の奥から運んできた」
「……先輩、どういうこと?」
ヒイロの問いに、シルバは頭を掻いた。
「大きく古いモノを崇めて、精神的な支柱にする。原始的な土着信仰だな。そのメイジェルっていうキャノンボアが司祭を務めていたんだろう。弱いけど、ちゃんと神の力を感じるよ」
キャノンボアや後ろについてきたバレットボアたちが足を止め、その場で脚を折りたたんだ。
ヒイロも、キャノンボアから下りて、シルバたちの方に戻ってきた。
キャノンボアたちは、目を閉じ、微動だにしない。
これが猪たちなりの、祈りの捧げ方なのだろう。
シルバもゴドー聖教の印を切り、祈りを捧げた。
「………………ピギ」
すると、印を切った手に何やら手応えを感じ、何やら頭上で声がした。
「ん?」
「ピギャ」
声がしたのは、大猪の頭蓋骨の上だった。
そこには、青みがかった霊体の小さな猪がいた。
「……えっと、うり坊?」
「いや、あれは、そういうのじゃなくて」
シルバの横で、ヒイロが首を傾げた。
「ピグ」
頭蓋骨に乗っていたうり坊が消えたかと思うと、シルバの足下に転移していた。
シルバの脚に、頭をこすっている。
「お、おう? ……リフ、これは抱えていいのか?」
「にぅー……」
珍しく、リフが小さく唸っていた。
その尻尾も、緩やかに揺れている。
「ちょっとリフさん通訳を!?」
「……にぅ、抱えていい」
ちょっとだけ拗ねた声でリフが言うので、シルバはうり坊を抱えた。
ほとんど重さを感じない。
手応えもほとんど空気のようだが、わずかに肉と毛皮の感触はあった。
「シルバ殿、そのうり坊は一体……?」
「いや、その……えーと……精霊というか、この骨に宿ってた、猪の神様みたいな存在というか……」
キキョウの問いに、シルバは言い淀んだ。
みたいなというか、猪達の祈りから産まれたばかりの神様だ。
キャノンボアたちの視線がいつの間にかシルバの腕の中にいるうり坊神に集中していた。
とても、居心地が悪い。
「つまり、シルバがまた何かやらかしたってことだね」
なるほど、と得心いったようにカナリーが手を打った。
「それで納得すんなよカナリー!? 俺は単に、ここの神様に敬意を払って、ゴドー教会の司祭として挨拶しただけだ!」
「やっぱりシルバのせいじゃないか」
「ちゃうわい。基本的に、ゴドー聖教は土着の信仰にも礼儀を持って接するのが、基本スタンスなんだよ。思想の対立は争いを生むからな」
「うーん、そこのところは同意しとこう」
「……やらかしたって意味だと俺じゃなくて、ウチの神様の方だと思うぞ。多分だけど」
シルバは、うり坊神を見下ろした。
「ピギ」
うり坊神が小さく鳴くと、その姿がフッと消え、再び頭蓋骨の上に戻った。
「あ、戻った」
ヒイロの呟きに、キャノンボアたちの視線も、頭蓋骨の方へと戻った。
「シルバが抱きかかえたのは、一体何だったんだい?」
カナリーが疑問を抱くのは当然だ。
シルバも分からないが、ある程度の推測はできた。
「あー……向こうなりの、ウチの神様への挨拶だったんじゃないかと思う。多分だけど……とりあえず、下がっとこう。これは、聖職者としての意見だけど、俺達が踏み込んでいい領域じゃない」
シルバは、キャノンボアたちと少し距離を取った。
いつの間にか村の中にいたバレットボアたちも、同じように脚を畳み、うり坊神に祈りを捧げていた。
やがて、キャノンボアが顔を上げ、ヒイロに頭を向けた。
「ブルゥ……」
「ん? え、あれ、ボク?」
「っぽいな。なんか用があるみたいだし、行っていいぞ」
「う、うん」
シルバが背を押し、ヒイロはキャノンボアの前に立った。
「ブルルルル……」
「んん? これでいいのかな?」
キャノンボアに促され、ヒイロは頭蓋骨の方に向くと、地面に自分の骨剣を突き刺した。
「……『透心』なしに、普通に心が通じ合ってますね」
シルバの後ろで、タイランが小さく呟いた。
いやまったく、とシルバも同意である。
「ピギ!」
シルバたちが見守っていると、うり坊神が鋭く鳴いた。
直後、ヒイロの骨剣が白く輝いた。
「ひゃっ!?」
シルバも思わず目を細めた。
しばらくすると光は収まり、骨剣の刃部分に何やら煙が噴いていた。
ヒイロは骨剣を地面から引っこ抜くと、その部分をしげしげと眺めた。
「先輩、何か焼き印入った!」
ぶんぶんと、ヒイロが骨剣を振り回す。
「あー、多分それ、猪の神様の祝福だ。ありがたく受け取っておけ」
「はーい。ありがとね、二人とも! ……人?」
首を傾げながら、ヒイロはキャノンボアとうり坊神に手を振る。
シルバは、ヒイロに向かって手招きした。
「いいから、なんかやらかす前に、さっさと戻ってきなさい。効果の検証とかは後回しな」
「うん!」
ちょっと生活魔術師書籍関連で作業の必要があるので、明日はお休みします。
よろしくお願いします。




