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桜の天使たち  作者: 氷雪杏
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桜の天使たち 2

 数日後、美和は新一年生と一緒にオーケストラ部で入部説明式を受けた後、それぞれの楽器のパートごとに班分けされ、挨拶を交わしていた。今年度は美和と同時に五人ほどトランペット担当の新入生が入部しているようだ。美和は遠慮がちに端の椅子に座ると、ほどなくして横に背が低めの可愛らしい顔立ちをした一年生らしき少年が勢いよく座った。ちらりと美和がそちらを向くと、少年は美和に向かって無邪気な微笑みを見せた。つられて美和も微笑む。

「今日から入った人? 僕も入学してすぐにここに入ったんだ」

 どうやら美和の事を自分と同じ一年生だと勘違いしているようだ。何だかくすぐったいような、でも申し訳ないような気分になった美和は顔の前で小さく手を横に振りながら苦笑いする。

「私、二年生なんですけど入部したばかりなんです。よろしくお願いします先輩」

 美和が言うと、少年は少し驚いたようだったが、すぐに笑顔を取り戻す。

「二年生の先輩ですか! いや、先輩の方が先輩なんだから敬語なんて使わないでくださいよ」

「でも部ではあなたの方が先輩ですよ?」

「もう! 先輩って意地悪ですね」

 少年は肩をすくめると、あらためて美和の方に向き直った。

「僕は佐留雄一っていいます。よろしくお願いします」

「私は卯野美和です」

「先輩から僕への敬語はだめです!」

 美和が自己紹介しようとすると、すぐさま雄一は身を乗り出してきた。美和はたまらなく楽しくくすぐったい気分になってしまう。

「よろしく。私の方が一年先輩だけど、新入部員同士頑張ろうね」

「はいっ! こちらこそ!」

 元気すぎる返事をする雄一に美和は好感をもった。少し背は低いが、人懐っこい犬のような可愛さがにじみ出ている。前髪が短くすっきりとした芸能人のアイドル系の顔で、かなりもてると思われた。美和にとっては美形すぎる勉よりもこの少年の方がとっつきやすそうだと思った。

 雄一は挨拶の後、雑用で出かけていってしまったが、余韻の残った出口の方向を見つづけていた美和の肩を誰かがポンと軽く叩く。少しビクっとして美和が振り返ると、快活そうな少女が立っていた。

「今年のトランペット男子、いい子が来たね」

「そうね……」

 美和は答えながら唇に指を当てて考える。まだ全員の顔と名前が一致していなかったので必死に記憶の糸を手繰った。確か、好子と同じオーボエ担当の二年生だ。

「……確か二年の麩隙茶子さんね?」

「うん! よく名前を覚えてくれてたわね。私はオーボエ担当なの。よろしくね」

 美和は記憶力がいい。人の名前を覚えたりするのが得意だった。

「好子から聞いたわよ。噂の看板娘、卯野さんがこの部に入ってくるって」

「噂……看板……なにそれ?」

「またまた謙遜しちゃって~」

 笑いながら茶子はもう一度肩をポンと叩く。意味がよくわからなかったので美和は話題を変えた。

「そういえばオーボエって好子も担当だったのよね? あの子、一年の時に一緒のクラスだったのよ」

 言いながら美和は好子が居る方向を見る。好子は美和の視線に気付いていないようで、椅子に座ってぼんやりと窓の外を眺めていた。どこか悲しげな表情だった。美和は少し違和感を覚える。

「うん。好子とはクラブで仲良くしてるよ。お互いノリがいい者同志でね」

 確かに、同じクラスだった頃の好子はかなりノリが良かった。芸能レポーター並の情報網を持ち、明るく人懐っこい性格であった筈だ。

 だが、今の好子は表面上は変わっていないようだが、確実にどこか変化している。美和は少しひっかかったがプライベートにまで口出しをしたくなかったのでそれ以上は何も言わなかった。



 放課後、美和がトランペットをケースにしまっていると、隣に座っていた雄一が声をかけてきた。

「卯野先輩、途中まで一緒に帰りませんか?」

 雄一は白い歯を見せにこりと無邪気に笑う。雄一には悪いと思ったが、なついているペットの子犬のように可愛い表情だと思った。

「えぇ、いいわよ」

 クラスの男子が一緒に帰ろうと声をかけてきていたならば、美和は警戒して断っていただろう。だが、この人懐っこい年下の少年に美和は不思議と警戒心を全く抱かなかった。

 トランペットケースの鍵をかけ、美和も雄一に微笑んだ。

「ここの高校の桜って綺麗ですね」

 雄一は自転車を押しながら上を向いて歩いている。

 校門から坂道を下って道路に出るまでの道脇は桜で埋め尽くされていた。この学校の名物の一つだ。

「でしょう? 桜色のトンネルっていうので有名なのよ」

 去年、美和も雄一と同じような驚きでこの桜並木を歩いた事を思い出す。今、かけがえのない友人になっている他の二人も一緒だった。

「去年、友達二人とここを歩いていた時に私が『綺麗だね』って言ったんだけど、その子たち何て言ったと思う?」

「綺麗、とかじゃないんですか?」

「一人は『お花も好きだけど団子の方が好きだなぁ』。もう一人は『これだけ桜があると毛虫が大量発生して鬱陶しそうで嫌』って。もう情緒のかけらも無いと思わない?」

「先輩の友達って面白いんですね」

 くっくっく、と雄一は笑いを堪えている。そんな仕草がやんちゃな少年のようで美和の母性本能をくすぐった。

「先輩もちょっと変わってますよね。このクラブで二年生から入部って珍しくないですか?」

「うーん、去年入りそびれちゃったのよね……。もともと興味はあったんだけど」

「僕は父からペット教わってたんですよ。知らないかも知れないけど、佐留文樹っていう音楽家で……」

「佐留文樹! 知ってるわよ、凄く有名なトランペッターじゃない! あなた、息子さんだったのね」

 雄一のトランペットは知り合ってまもない美和にも分かるほど上手だった。その謎が解けて妙に納得する。

「成るほど、演奏が上手なはずよね……。私、やっていけるかしら?」

 肩を落とす美和を見て、雄一は慌てて首を振る。

「いや、全然そんな事無いですよ! 卯野先輩だって初心者とは思えないくらい上手ですよ! それに僕だってまだまだヘタっぴで」

 あまりの慌てっぷりに、美和は思わずクスっと笑う。

「ふふ、ありがと。また色々と教えてね」

「はい、僕の方が色々教えてもらいそうですけど。……あ、僕こっちなんで」

 雄一は美和の目指す方とは反対方向を指す。美和は頷いた。

「うん、じゃあまたクラブの日にね」

「はい、お疲れさまです!」

 邪気のかけらもない、優しい笑顔を美和に残して遠ざかる雄一の姿をしばらく見つめていた美和は、ふと怪訝な表情になる。

「私、男の人が苦手なのに何故か佐留くんだけは大丈夫なのよね……」



「恋だよッ! ひとめぼれの恋!」

 美咲が瞳を輝かせながら叫んだ。

 昨日のクラブについて聞かれた美和はありのまま全てを話したのだが、案の定、雄一の話の部分であさみと美咲は勢いよく食いついてきた。

「でも、ちょっと人懐っこくて笑顔がいいなって思っただけよ?」

「それが恋のはじまりなのよ」

 あさみもニヤニヤしている。

「もしかしたら兵藤先輩にいくかと思ってたけど、意外な路線で来たよね。案外ショタコン?」

「あっはっは! じゃあ美和がいらないんだったら私、兵藤先輩を狙っちゃおうかな。いや、それよりも先に新しい金ヅル見つけなきゃ金欠でデートに行くための服も買えないわね」

「あぁーもう!」

 言いたい放題言っている二人に美和は喝を入れる。……が、すぐにしょげて机に突っ伏してしまった。

「でも……美和がそうやって男の子に対して興味を持てるようになって良かったと思うわ」

 あさみは急に真面目な表情になった。年頃の美和が恋に対して臆病な傾向があった事をあさみは彼女なりに心配していたらしい。あさみと美咲が恋や男子の話をしていても今まではあまり興味がなかった様子だった。

「うん、私も応援するからね!」

 美咲は笑顔でガッツポーズを取る。だが、美和は慌てて手を振った。

「ちょ、違うわよ? まだ好きとかそんなんじゃないんだから」

「何言ってんの。むしろ相手は年下なんだからガンガン攻めなさい!」

「そうそう! そんなに可愛い男の子だったら迷ってるうちに誰かに取られちゃうかもよ?」

 発破をかけるように美和の頭をぐしゃぐしゃに撫でまわす二人に、美和は少し救われたような気がした。少しはずかしそうに呟く。

「ありがと……」


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