桜の天使たち プロローグ
つぼみの桜並木の道をたくさんの生徒が歩いている。あどけなさの残る顔の生徒が笑い合いながら、そして泣きながらそれぞれの歩調で進んでいた。
私立E・T高校は今日、合格発表である。合格した者もしていない者も、これから新しい人生を歩み始める輝かしい日だ。
しかし、そんな雰囲気とはうらはらに、学校の隅――雑草がまばらに生えた裏庭で深刻そうな表情をした少女が男性と対峙していた。
「もう……やめたいの。こんなこと」
少女は震えながら言うとぎゅっと唇をかみ締めた。
だが、男性は動じることもなく、面倒臭そうにため息をつく。
「関係を解消すると? なら、進級がどうなってもいいという事なのか?」
「それは……脅し?」
真っ青になりながら少女は言う。
「違う。進級させないとは言っていない。ただ、今の関係を続けるというのなら問題なく進級させると言いたいだけだ」
少女は唇をぎゅっと噛んだ。硬い表情でしばらく黙っていたが、消え入りそうな声で一言。
「わかりました……今のままでいいです……」
少女はそうつぶやくと、涙を浮かべてぎゅっと手に力を込めた。
男は何事もなかったかのように、踵を返して少女のもとを去ってゆく。
残された少女は、徒労感のようなものを感じていた。
最初は興味本位で近づいただけだったのに、まさかこんな事になってしまうとは少女は夢にも思っていなかった。リスクが大きすぎた賭けに負けた少女は人形のように心を閉ざして毎日を過ごしている。これ以上、望んでも何も与えられない事は分かっているが、幸せになれる一パーセントだけを信じて涙を堪えた。
少女の心に春はまだ来ない。