1-4-2 甘い生活が重要だと思う件
疑似歯を作ってみた。
ちなみに現在の俺は生後一ヶ月半である。
最近、蜂蜜の味にハマっている系男子、レディオンです。
山羊乳をもらえるようになってからこっち、徐々にだが母乳以外のものも口に出来るようになってきた。
死んで生まれ直して初めて口にする甘味……正義。
しかし、疑似歯を作ったものの使用するには至っていない。固形物はまだくれないのだ。
まぁ、いつでも食べれるように調整だけは今からしておいていいだろう。そう、いつでも食べれるようにな!
それにしても、なにやら前世より味覚が研ぎ澄まされているような気がする。久しぶりに味覚が刺激されたからそう思うだけかもしれないが、僅かな味の違いが鮮明に分かるのだ。水の味の違いも分かるし、乳ならその匂いで牧草地の違いすら分かる。
これだけ味が鮮明に感じられるなら、今生では料理人スキルを追求してみるのもいいだろう。美味い料理はそれだけで財産だ。
……いや、待てよ? 美食というのは確か人間達にもかなり有効だったはずだ。
胃袋掌握……うむ。なにかものすごい強力な気がする。
ちょっと本気で目指してみよう。
「あら、レディオン様、ゴキゲンですね?」
「えぁ」
一生懸命蜂蜜をペロペロしていたら、ちょうど茶器を片づけに来たクロエに見つかった。
「またエマ様の蜂蜜ですか……? どこに隠しても見つけ出してしまいますね」
「ぁーあぅ」
俺がいるのは母の部屋だ。
今日は母子でのんびり魔力のキャッチボールをする予定なのだ。
これは弱い魔力を互いにボールのようにポンポン打ち返しあう遊びで、だいたい生後三年ぐらいでやるのが普通だった。
まぁ、相変わらずの話だが生後一カ月半でやるような遊びでは無い。
とはいえ、コレは偶発的に始まった遊びだ。俺の紙風船による魔力操作練習を見て、母様が俺に弱い魔力の塊を作って見せてくれたのがきっかけだった。掌の上にぽこんと出来たソレを俺が指でつついて遊んだ結果、いつのまにか二人でポンポン掌で弾き返して遊ぶようになったのである。
ちなみに仲間外れになった父は全力で泣いていた。
「それにしても、エマ様はまた旦那様と順番争いでしょうか……? 三人でおやりになればいいのに……」
それな。
うちの両親は只今隣室で俺とキャッチボール(魔力)する順番と回数を争っている最中である。……時間もったいなくないのかな。
まぁ、俺はあの二人の『喧嘩』がスキンシップに近いことを知っているので暖かい目で見守ってやるのだが。
なにせどっちもそれはそれは嬉しそうな気配漂わせてるんだから、もう好きに爆発しておいてくれというしかない。
……前世との違いの凄まじさに慄くな……
「それにしても……」
ん?
クロエ、俺を見ながら苦笑深めるのは何故だ?
「レディオン様は蜂蜜が大好きですね」
「きゃぁ~う」
うむ。好きよ。だからもっとくれてもいいのよ?
固形物も待ってるのよ?
「でもね、レディオン様」
……やだ。
改まって真剣な顔をされたら、緊張するじゃないか。
怪談でも始まるの? ふ。まぁ、この俺に怖いものなど無いのだが。
「あまり食べると、太っちゃいますよ?」
怖いな!?
それはつまり、この、もちもちロールパンみたいな俺の太短い前腕がさらにふとましくなってしまうということだろ!?
「あ、あら……私、そんなに切迫した気配を出してましたか……?」
俺の反応に自分の感情か何かが伝わったのかとクロエが焦る。
無論、伝わったわけではないとも。
俺の危機感が刺激されただけだとも。
……そしてクロエ、太ったの……?
「……レディオン様。今、思ってはいけないことを思いませんでした?」
ないよ。全くないよ。
ないからその怖い笑みやめて。
蜂蜜瓶を抱えてソファから下りようとする俺に、クロエが笑いながら両手を伸ばしてきた。ああん。
「はいはい。怒らないですから、そんな物をもったままで下りようとなさらないでください。倒れたら一大事ですよ」
柔らかい胸に抱き留めてから、ゆっくりと絨毯の上に降ろされた。
クロエは過保護だ。
だが、優しさに触れたなら礼を言うのが紳士というものだろう。
「きゃぁう!」
「うふふ。はぁい。気を付けて遊んでくださいね」
笑顔で手をあげると、優しい笑顔で頬をくすぐられた。
美女の笑顔は黄金の価値があるな。むふー。
「……あら、蜂蜜は棚に戻しておきましょうね?」
いやん。
●
クロエに蜂蜜を奪取されて、失意の俺は母の部屋を這いまわった。
母の部屋には常に六人以上のメイドがいる。
彼女達は俺に寛大だ。俺がどんなに馬鹿なことをしようとも決して声を荒げたりしない。
部屋中を縦横無尽に動き回る俺を微笑ましそうに見守ったり、たまに大捕物のように追いかけまわしたりして遊んでくれることもある。そんな時も常に笑顔だ。
だが、彼女達は俺のある野望を常に挫いてくれる敵でもあった。
それは、おやつ。
母の部屋には父から贈られたおやつが常に置かれているのだが、これを俺が手に入れようと思ったらメイド部隊全員を倒さないといけない。
蜂蜜やミルクは母が俺の体調をチェックしてようようOKを出してくれたが、他のものは未だに口に入れさせてくれないのだ。胃腸も強化したからもう食べても大丈夫なんだがな。
……おっと。一人ダウンしたぞ。
そろそろ俺の本気を見せる頃か。
「も……もー駄目……リーリア! レディオン様そっち行ったよー!」
「え、え、待って待って! きゃー!?」
必殺のスカートくぐりでリーリア包囲網を突破した俺は、横から伸びてきた別のメイドの手をすり抜け、颯爽と机の上に飛び上がると素早い動きで皿の上のクッキーを一枚奪取した。
くっきーげっとぉおおおおおお!!!!
おお! 見るがいい俺の頭脳プレーを!
この半月で俺は学んでいたのだ! 食べ物を手に入れようと動くと先回りして阻まれる、と!
故に無軌道にあちこち這いまわることで遊んでいるように思わせて、皆がバテた頃に食べ物を手に入れる技術を研鑽していたのである。
今まで単にメイドと追いかけっこを楽しんでいたかのような俺だったが、無論そんなわけはない。彼女達の体力が減り、瞬発力が低下する瞬間を虎視眈々と狙いながら、おやつに興味を示す様子もなく引きずり回していたのだ。
全てはこの瞬間の為に!
「きゃ・あーん!」
勝利の雄叫びをあげて俺は机の上から飛び降りる。
後はじっくりと獲物を味わうだけだ!
「あら。レディオン、またオイタをしているのですか? 食べ物で遊んではいけないと、言っておいたでしょう?」
奪われた。
○とある赤ん坊と父親の密談○
「ぅっ……ぇっ……」
「どうしたんだいレディオンちゃん!? 誰がレディオンちゃんを泣かしたんだい!?」
「ぇぅ……ぅぁぁ……」
「その指がどうしたんだい!? 痛いのかい!? ……ん? 粉がついている……まさかお腹がいたいのかい!?」
「ぅぁぅー……ぇぅー」
「違う? あっ……ぺろぺろしては駄目だぞレディオンちゃん!」
「んきゃーぁん!」
「え? 粉が大事なのかい? お腹空いているのかい?」
「きゃーぅ! んきゃあん!」
「クッキーが、欲しいのかい?」
「きゃう! きゃあん!」
「そ、それならちょっとアルモニーに相談してくるよ。消化器官のこともあるからね! レディオンちゃんのお腹に入れても大丈夫そうなら持ってきてあげよう!」
「きゃーん!」
「……しゃぇるより、つかりぇあ……」