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大罪のゲーム  作者: 辺 鋭一
第一章
5/25

俺は、……人間じゃない……

   ●



 博と明が和んでいる頃、そこからかなり離れたところにある広場では二人の男が向かい合っていた。


 一人はタキシードのようなものを着こなす優男で、その生地もかなり上等なものであり、浮かべている表情にも気品と余裕があった。


 もう一人はブレザータイプの制服にズボンと、ごく一般的なものだ。

 だがその顔は無表情で、ただ鋭い眼だけが油断なく光っていた。

 どうやらいきなり自分の前に出てきた優男を警戒しているようだ。

 すると、優男が話しかけてきた。


「やあ、こんにちは。僕の名前は後光院ごこういん みつる。よろしく頼むよ」

「………………」


 優男の、満のにこやかな挨拶に対しても男は無表情と無言を貫いていた。

 そのことに満は眉を顰め、


「……失礼な男だね君は。僕が名乗ったのだから君も名乗るのが礼儀と言うものだろう?」


 勝手に目の前に現れて勝手に名乗ったというのに随分とわがままな言い草だが、言う通りにしないとさらに面倒臭くなりそうなので、男も名乗ることにした。


「……俺は、……反川そりかわ……太刀たち……だ」

「太刀君か、良い名だね! それでね、太刀君。会ってさっそくで悪いが君に提案があるんだ」


 ぼそぼそと、とぎれとぎれながらも響く自己紹介に、それでも満は満足したのか笑顔で話を続けた。


「……提……案?」

「そう、提案だ。……君、僕の仲間になる気はないかな?」


 満の話す提案の内容に、今度は太刀が眉を顰める。


「? ……仲間?」

「そう、仲間だよ。こういうバトルロイヤルはチームを作った方が効率がいい。それはわかるだろう?  強い敵も多人数でかかれば勝てる。皆で支え合う、こんなに素晴らしいことはない!」

「……くだらん……」


 満がとてもいい笑顔で話した提案も、太刀の一言によって切り捨てられる。


「まあ、そう邪険にしないでほしいね。そんなに悪い話でもないだろう?」

「………………」


 そっけない言葉にもめげずに勧誘を続ける満に、太刀は無言で返す。

 しばらく無言で睨まれて、しびれを切らした満は『ふぅ』とため息をつき、


「……仕方ないね。じゃあこれでどうだい?」


 そう言って太刀の足元に何かを放ってきた。

 ――ちなみに、先ほどまで満の手には何も握られていなかった。

 太刀は放られたものを警戒してその場所から一歩飛び退いたが、そこに落ちているものが何かわかると怪訝そうな顔をして、


「……札束……?」


 とつぶやいた。

 その言葉の通り、太刀が先ほどまで立っていた場所には紙の帯でまとめられた一万円札の束があった。


「そうだ、君の望む金額を言いたまえ。いくらでも出そうじゃないか。何、心配はいらない。僕の欲望は『金が欲しい』。よってそこから生まれた僕の能力は『金を無限に生み出す』能力だ。君の言い値がたとえ国家予算級であっても出して見せよう。……こんなふうに」


 そう言いながら満はさらに札束を生み出し、自分の周りにぼとぼとと落とし始めた。総額は数千万円ほどになっているだろう。


「これでわかったろう? さあ、安心して好きな金額を言いたまえ!!」


 そう言い放った満と、その足元の金を交互に見て、太刀はまたつぶやくように質問した。


「……他には、……お前の仲間は……何人いるんだ……?」

「まだゲームは始まったばかりだからね、僕が出会ったのは君が初めてだ。つまり、君が僕の仲間第一号と言う訳だよ。はっはっは!」


 やっと自分の事に興味を持ってくれたのかとうれしそうな顔になりながら、満は質問に答える。


「……そう……か」


 と、太刀は無表情に、無感情にそうつぶやくと、満の方に歩み寄っていった。

 それを見て、満は笑いながら抱きしめるかのように手を広げ、


「歓迎するよ、太刀君。共に生き残ろ――ガッ!」


 歓迎の言葉を口にした瞬間に、吹き飛ばされた。



   ●



 太刀がやったことは簡単だ。

 ただ満の前に立ち、腹をアッパー気味に殴りつけただけ。

 ただそれだけの事でも、目に見えないほどの速さで、しかも普通の人間には出せない程の力で行えば、とんでもない威力になる。

 その威力をまともに喰らった満は一メートルほど吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。


「――っぐ、がはっ、ごほっ……!!」


 殴られた腹を抱え、丸まりながらのた打ち回る満を見ながら、太刀は己の拳を不思議そうに眺める。

 その間に、満は胃の中身を吐き出し、ふらつきながらも何とか立ち上がり、叫んだ。


「はあ、はあ、はあ……。な、何をするんだいきなり!!」

「……驚いたな……。無事ではないとはいえ……、立ち上がって叫ぶだけの元気があるとは……。腹を貫くぐらいの力でやったんだがな……」


 その叫びには一切構わず、立ち上がったという事実のみに驚く太刀に、満はフンと鼻を鳴らして、


「……僕がお前みたいな奴を警戒してないとでも思ったのかい? 僕の能力で出せるのは札束だけじゃあないんだ。――見ろ!」


 そう言ってタキシードとワイシャツの前を開いて見せた。するとそこには、


「どうだ、五十円玉を縫い合わせて作った鎖帷子を二重に着込み、しかもその中には札束を体を覆うようにいくつも仕込んだ特性の防護服だ! 本当ならば普通の防弾チョッキを探したかったんだが、見つからなかったので仕方なく作った代用品だがこれでも十分な防御力を発揮してくれる! これなら拳で殴られても銃で撃たれても刀で切られても問題ない! 金の力は絶対だ!! ははははは!!」


 得意げな説明の通り、ワイシャツの下には銀色の二重丸が隙間なく並んでいた。

 しかし、そのことについての太刀の感想は、


「……重そうだし……暑そうだな……」


 と言うもののみだった。


「……ふん、今のうちにせいぜい余裕ぶっているがいいさ。それじゃ、説明も済んだことだし、僕に刃向ったことを後悔させてやるよ!」


 ワイシャツとタキシードの合わせを閉じた満は、三歩ほど離れた太刀に一歩近付きながら右手を勢いよく振り上げる。



 たったそれだけの動きで、太刀は顎に下方向からの強烈な打撃を受け、のけぞった。



 本来ならば手が届く位置ではないため、何かの武器を使ったと考えるのが自然だが、太刀にはそれがなんなのかがわからない。

 顎に受けた一撃のせいで少々ふらつきながらも、何とか倒れずに体勢を立て直しながら考える。


「(……あいつが手を振り上げた時、一瞬だけ白くて細長いモノが見えた……。短めの棒か何かか……?)」


 そう仮説を立てながら満を見ると、今度は体をひねって右手を大きく後ろに伸ばし、そのままビンタをするように白い棒のようなもので太刀の側頭部を殴ろうとしているのが見えた。

 先ほどは不意打ちだった為喰らってしまったが、今回はモーションが丸わかりなため落ち着いて対処できる。


「(……棒状の武器は、……遠心力を利用して攻撃力を上げるのが普通。そしてこいつも……そうした。ならば、その対処法として有効なのは……、遠心力の弱い奴の近く……!)」


 太刀は一歩前に出ながら満の手の動きを予測し、左手の拳を顔の横に構え、手の甲を武器ではなく満の手にあたるような位置に置く。

 そうすれば満の手は勝手に自分の手の甲に当たり、上手くいけば武器を落とすだろう。

 そう考え、その予定通りに満の手が左手のガードに当たり、



 太刀の後頭部に衝撃が走った。



「……ガッ……!」


 さすがに後頭部への衝撃はかなり効いたようで、太刀は前のめりに倒れ込んだ。

 その途中で、自分の左手を見た太刀はあるものを見た。それは、


「(ビニール……袋……?)」


 その通りの物が、己の左手の甲のあたりを軸に折れ曲がり、自分の後頭部に延びているのが見えた。

 一方、自分の攻撃が思い通りに決まった満は得意げに倒れ伏している太刀に話しかけた。


「ははは、訳が分からないかい? 僕は優しいからね、特別に教えてやるよ!」


 そう言うと、満は右手のビニール袋を倒れた太刀の前に持ってくる。

 それを見ると、ビニール袋の中には何か小さい物が入っていて、


「見えるかい? このビニール袋は、中に十円玉が十枚ほど入っている。ただそれだけの物さ。だけど、たったそれだけの物でも、遠心力を利用して振り回せばかなりの威力になる。それは身を持って実感しただろう? ちなみに、思いっきりやれば車のガラスぐらいならば簡単に割れるよ? ……まあ、防弾ガラスならば別だがね」


 武器の紹介を終え、満は起き上がろうとする太刀の腰のあたりを踏みつけて言う。


「しかし君も愚かな間違いをしたね。僕の武器が警棒とかだったらあの受け方で問題なかったけど、僕のこれはいわば鎖分銅だ。腕一本出すだけじゃその腕を支点にして回り込むだけさ! ……さて、これで君は動けない。後はじっくりと金の力を味わいながら死んでいくと良いよ! あっはっはっはっは!」


 太刀は起き上がることもできず、しかし目つきは変わらずするどいまま、言う。


「……金の力、金の力と……うるさい……。……そんなに、金が……、大切か……?」


 その言葉に、満は怒りをあらわにして叫ぶ。


「当たり前だろう!! 金があればいい服が買える! 金があればうまい物が食える! 金があればいい学校に行ける! 金があれば、父上の会社は倒産しなかった! 金があれば、この僕が、選ばれた人間であるこの僕が、一般庶民のようなあんなみすぼらしい生活をしないで済む! 金があれば、低俗なクラスメイト共とおさらばできる! 金・金・金! この世の中の三大柱は金だけだ!!」


 満の顔にもはや余裕はかけらもなく、ただただ狂ったように己が心中を放ち続ける。


「父上も母上も、金がないから無理をしている! 何が『今のような生活も悪くない』だ! そんなわけがあるか!!」


 放たれる声の中に、次第に別の物が、コイン入りのビニール袋による一撃が混ざり始める。


「行きたいところにも行けない、買いたいものも買えない、召使もいない、そんな暮らしだぞ!? 礼儀のれの字も知らぬような、低俗な庶民共の集う学び舎で、同じ授業を受け、同じ場所で食事をし、同じ空気を吸って、同じ時間を過ごすんだぞ!? 以前の家と比べたら犬小屋にも劣るような家に帰り、そこで待っているのは母上が作った金のかかっていない見るからにみすぼらしい犬の餌だ!! それをさもうまそうに食う父上も母上も金がないからどうかしてしまったんだ!! なんで犬小屋の近くに住む庶民共と仲良くできるんだ!? なんでその庶民共から安く食費を抑えるための方法なんぞを教えられて喜ぶんだ!? なんで、なんで、なんで……!!」


 血を吐くような叫びと共に、ガスッ、ガスッ、と肉の叩かれる音が響く。


「……だから僕は、このゲームを勝ち抜いて金を手に入れる……! 金さえあれば、父上も母上も元に戻ってくれる……! だから、だから……!」


 息を整えるためか一瞬だけ動きを止めた満は、大きく息を吸い、叫ぶ。



「お前はここで死ねーーー!!」



 満はこれでトドメだとばかりに大きく袋を振りかぶる。

 その中身を十円玉からより比重の重い金貨に変えて、最後の一撃を太刀の頭に放つ。



   ●



 満が最後にはなった一撃の結果は、『パシン』と言う軽い音と共に訪れた。



   ●



 満は驚いていた。


「……グダグダ……うるさい……」


 先ほどまで殴り続けていた男が、


「……いい加減に……」


 とどめの一撃を、地面に伏せたまま、一切見ることなく右手で受け止めていたから。


「……そこを……」


 そして、腰をしっかり踏んで、普通なら起き上がれないはずの男が、


「……どけ!」


 自分の体ごと持ち上げて、起き上がったから。


「――アイタッ! ……え、なんで、どうして……?」


 足を乗せた相手が立ち上がったことで、自然と足を掬われることとなった満はしりもちをつくが、それでもなお混乱は収まらない。


 どうして自分の攻撃を防げたのか。


 どうしてまともに立てるのか。


 どうしてあの状態から立ち上がれるのか。


 どうして、どうして……。


 疑問に頭を支配されながら、それでもなお立ち上がり男の後ろ姿に向かって武器を構えるが、視界の端に映った武器の形が少しおかしい。

 よく見てみると、違和感の原因はすぐにわかった。


「……馬鹿な……!」


 金貨の形が変わっているのだ。

 もとは十枚の円盤が重なって円筒形になっていたはずなのに、今はまるで片手で握りしめられた粘土のようないびつな形をしている。

 それが先ほど目の前の男に握りつぶされたのではないかと言う仮説を立てるのは簡単で、しかしそれを容認するのは難しいことだった。


「……ありえない! いくら金が比較的柔らかい金属だからと言って、片手で握りつぶせるわけがない! そんなの、人間技じゃあ無いぞ!!」


 混乱の極みであった満の叫びに、しかし太刀は振り向かずに言う。


「……あたりまえだ……。俺は、……人間じゃない……」

「人間じゃ、ない……? ……じゃあ、お前はいったい何者なんだ!?」


 その叫びに、太刀は静かに答える。


「……俺は、反川 太刀……。……俺の欲望は『人外になりたい』……だ。人間なんて……弱くてもろい存在であることなんか……、我慢できない……。吸血鬼……狼男……ランプの魔人……、強くて、死なない存在……、最高だ……! ……お前にも、この力……見せてやる……。今の俺は……、『鬼』だ……!」


 そう言って振り向いた太刀の体はより筋肉質に膨らんでおり、その皮膚は赤黒く変色していた。

 そして、何よりも大きな変化は、その額から生える大きな一本の角だった。

 その姿に、そしてその圧倒的ともいえる雰囲気に、満は立ったまま動くことができなかった。

 だが、太刀が一歩を踏み出した瞬間、満の手から金の塊がこぼれ、地面にあたって音を立てた。


「――ッ!!」


 その瞬間、我に返った満は、太刀に背を向けると一目散に逃げ出した。

 己の出せる全速力で走り、つまずいて転びそうになりながらも逃げ続けた。

 そして、逃げながらも満の心中は後悔で満たされていた。


 もっと早く逃げていれば。


 あんなに長々と話をしなければ。


 あんな奴の前になんか現れていなければ。


 そもそも、あいつがあんな場所にいなければ。


 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……!


 後悔と呪いの言葉は尽きることはない。

 そして、そのつぶやきは、太刀が後ろから追ってきていないとわかるまで止まることはなかった。

 それがわかったのは、目の前に立っている影を見た時だ。

 目の前に現れた一本角の男は、全速力で走ってきた自分とは対照的に落ち着いた顔をしていて、

 満は、もはや自分に残された道は一つしかないと悟り、叫んだ。


「ちくしょぉぉぉおおおーーーーー!!!!」


 太刀はそれにかまうことなく、最初と同じように動いた。

 満の方へ歩み寄り、少しアッパー気味に拳を放つ。


 ただし、今度は満の体が吹き飛ばされることはなく、


 満自慢の鎧が役割を果たす事も無く、


 太刀の拳は満の腹を貫き、


 そして、


 満の叫びと、意識と、存在が、




 消えた。



   ●



 満の死体が消えるのを見届けた太刀は、つぶやく。


「……こいつは、……出会ったのは俺が最初だ、と言っていた……。と言うことは……、もうこのあたりには、……簡単に見つかるような奴はいない、と言うことか……。……他の場所に……、行くか……」


 そう言うと、太刀はふらりと適当な方向へ歩いて行った。


「……どこかに……、まとまってないかなぁ……」


 ぶつぶつとつぶやきながら、人外の男は進んで行く。



   ●



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