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大罪のゲーム  作者: 辺 鋭一
第一章
10/25

俺は王様気取りではなく

   ●



 博達三人が建物を離れてから数分後、その建物には新しい人影があった。

 建物内の廊下を歩く高校生ぐらいの2人の男は、目につく部屋を片っ端から確かめていく。


「――ちっ、銃声みたいなのが聞こえたのは確かにこの建物だと思ったんだけどなぁ」


 そうつまらなそうに呟くのは、学ランを着崩した短い茶髪の青年だった。

 先ほどからその鋭い目つきで誰かいないか探しているのだが、一向に見つからずに苛立っているようだ。


「やはり逃げられたんだろう。誰が来るかわからないところに長くいるような馬鹿ならこちらも対処が楽だったんだけどな……」


 茶髪の少年の後ろを歩きながらそう言うのは、同じく学ランの少年だった。

 ただし茶髪と違い、髪の毛は黒く、学ランも崩さずにしっかりと着こなしている。


「ケッ、もう少し早く来れば良かったぜ」

「無理を言うな、これでもできる限り早く来ただろう? 焦って動いて強い奴に見つかったら、こっちが狩られるぞ」


 黒髪はそう言って茶髪をたしなめる。 


「そりゃぁ、そうだけどよー」


 ぶつくさ言う茶髪にため息を吐くと、黒髪は茶髪を追い抜かして先頭に立ち、部屋を覗いて確かめていく。

 茶髪もそれについていくが、その表情はかなりつまらなそうだ。

 真面目に己のやるべきことをやっていく黒髪と、飽きっぽい茶髪。

 二人の性格が良くわかる光景だった。


 しばらく歩いていた2人だったが、あるとき不意に黒髪が立ち止まり、茶髪はそれを見て、


「どうした? 誰かいたのか?」


 と、目の前の部屋の中を覗き込む黒髪に尋ねた。

 茶髪の問いに、黒髪はつぶやくように答える。


「ああ、誰かがいたようだな」

「マジかよ!?」


 黒髪の言葉に、先ほどとは打って変わって元気になった茶髪は、急いで部屋の中に駆けこむが、


「……なんだよ、誰もいねえじゃねえかよ……」


 その部屋に人影はなく、がっかりした様子で茶髪は黒髪に文句を言う。

 その言葉に、黒髪はまた一つため息を吐くと、


「だから、誰かいた(・・)ようだな、って言ったんだろうが。……壁とか床をよく見てみろ」


 顔をしかめている茶髪にそう言うと、茶髪は素直に部屋の中を見渡し、


「……随分荒れてんな……。壁はボコボコだし、床は削れてるし……」

「何かがあったんだろうな。他の部屋はきれいだったんだし。……床はともかく、壁はひどいな。全体的に何かに穿たれてる。特にひどいのはそこの隅の方だな」


 黒髪が示した方へ2人して並んで歩いていく。

 二人が並んでいると、身長が170センチぐらいの同じ背格好に見えるが、背筋を伸ばしている黒髪はともかくとして、茶髪は猫背気味でズボンのポケットに手を突っ込んでいるために身長が低く見えるが、真っ直ぐ立てば茶髪の方が背が高い。

 なので壁にたどり着いた二人には自然と、黒髪が床のあたりを調べ、茶髪が壁の上の方を見るという役割分担ができていた。

 まあそれもそのはずで、二人は中学まで同じ学校に通っており、良くつるんでいた。

 高校は別になってしまったが、それでも暇を見つけては会っていたのだ。

 年季の入った幼馴染として、コンビネーションは抜群だ。


「……確かにここだけ随分ボロボロになってんな。壁の表面がほとんど残ってねえ」

「ああ、床もそうだ。表面がかなり削れてる。……だが――」


 そう言うと、黒髪は損傷がひどい部分から少し目線を逸らす。

 茶髪も同じように目線を逸らし、壁の隅を見る。


「――この半円を境にして、ひどい損傷が途切れてる……」


 茶髪の言うとおり、壁の表面が完全になくなるような破壊はこの部屋の隅に集中しているが、その中心である空間にはほとんど損傷のない空白がある。


 その境目を遠くから見ると、きれいな円を描いているのがわかる。


「……この壁の損傷からして、銃による攻撃だと考えるのが妥当だろうな。だとすると周りの弾痕は普通の銃で、そこの密度の高い痕は機関銃か散弾銃で撃ったんだろうが……」

「何らかの能力で防御したからここだけきれいなまま、ってことか。つーか、銃もスゲーけど、それを防御できるこっちの能力もスゲーな」

「どんな能力かわからないが、とにかく防御系の能力であることは間違いないだろうな。……つまり、ついさっきまでここには二人以上の人間がいた、ということになる。聞こえた銃声も間違いなくここからの物だろう」


 2人は現状から推測できることを話し合い、それが済むと茶髪は悔しそうに言う。


「あーあ、やっぱりここだったんじゃねえか……。やっぱよー、能力の練習も兼ねてパーッと飛んできちゃった方がよかったんじゃね? そうすりゃ、ここで勝ち残った一人もつぶせたのによぉ……」

「それについては何度も言ったはずだ。俺たちの能力はかなり目立つうえに危険も大きい。今のところ暴走はしてないが、モノによってはその危険も出てくる。一発勝負の本番で使うのはまずい。……それはお前もわかってるだろう?」

「……わかっちゃいるけどよー……」


 『でもなー……』などとぶつくさ言う茶髪だが、それでも黒髪の言う事に従っている。

 なんだかんだで、黒髪の言う事が正しいと理解しているのだろう。

 苛立ち、暴走しやすい茶髪と、冷静なストッパーである黒髪の2人組は、かなりバランスが取れたいいコンビだ。


「……まあ、このあたりを探せば逃げたやつが見つかるかもしれないし、遠くに逃げられていたとしても問題はないだろうな」


 ふてくされている茶髪に、黒髪が呆れながらもそう言う。


「……はぁ? どーゆーことだよ? 逃げられたら戦えねーだろーがよぉー?」


 いきなり黒髪が言った意味の解らない言葉に、茶髪は食って掛かる。

 だがその調子にも黒髪は慣れているのか、特に慌てることなく、


「いいか? ここではかなり激しい戦闘があり、その物音、特に銃声はかなり遠くまで響いていた。それを聞いて、このあたりにいる奴のとる行動は、大きく分けて三つ」


 黒髪は、指を三本立てて茶髪に示す。

 そしてすぐに人差し指以外を折りたたみ、


「一つ目は、その場に留まること。これは、下手に動いて見つかるのを避けるためだな」


 そして続けて中指を立てる。


「二つ目は、物音から少しでも離れること。そうすれば危険から離れられるからだ」


 そして、少しだけもったいつけるように薬指を立て、


「そして最後に、その場所に乗り込むこと。俺たちはこのパターンだな」


 そこまで話すと、茶髪も合点がいったようで、


「おお、そうか! 俺たちみたいに乗り込んできたそいつらを倒せばいいんだな!?」

「そうだ。相手から勝手に飛び込んできてくれるんだから、こんなに楽なことはない。……ただ、そういうやつらは自分の強さにかなり自信を持ってるだろうから、油断したらやられるのはこっちだ。やばそうだったら能力を無理に使ってでも逃げるぞ」

「おう! 了解だぜ!」


 茶髪は自分が何をすればいいのか理解できて楽しそうだ。


「でもよー、もしかしたら実力のないただのバカが来るかもしれねーぜ?」

「……だったらラッキーなんだけどな……」


 茶髪の楽観的すぎる言葉に、黒髪はまた頭を抱えるが、





「――貴様らがそのバカかもしれんぞ?」





「「――!!」」


 いきなり人の『気配』が現れた。



   ●



 2人は特に何かの武術を修めているわけでもないし、人一倍そういうのに敏感なわけでもない。

 それなのにわかる、わかってしまう。

 その爆発的な『人がそこにいる』という感覚が、壁一枚はさんだ部屋の外の廊下から低く重い声と共に二人の全身を叩いていた。


「大体、敵地のど真ん中で己が策を、しかも大声で話すことがすでに愚の骨頂ではあるがな」

「――誰だ!? 姿を見せろ!!」


 なぜかはっきり感じる気配の方に吠える茶髪だが、その顔には冷や汗が濃く浮いている。

 余裕がないのは黒髪も同じだが、それでも何かしらの意地があるのか、取り乱すようなことはしていない。


「――ふむ、姿を隠しているつもりではないのだがな。まあ、今のこの状況ではそう言われても仕方ないか。ならばその暴言は許そう。しばし待て。今扉を創る(・・・・)

「……は? 何言って――」


 いきなり現れた姿なき男の意味の解らない言葉に黒髪が戸惑っていると、



「『壁よ、扉となれ』」



 その言葉の直後、壁が扉になった。


「――なっ!!」


 驚きの言葉と共に、先ほどまでただの壁だったモノに縦の直線が走り、ある程度の高さまで伸びると、左右に直角に折れ、またすぐに真下に折れ曲がると、そこには二つの長方形が並んでいた。

 それらは蝶番もないのに2人の側に開く。

 その向こうから、扉の開く重い音と共に現れたのは、一人の男だった。

 逆立てた短髪を見事な金色に染め上げた男は、己を見ている二人の方へゆっくりと歩み寄ってくる。

 男は二人の前に立つと、一切の遠慮もなく2人を見下ろして観察し始めた。


「(……でけえ……!)」


 先ほどまでと違い油断なく、真っ直ぐ立っているはずの自分ですらも見下ろすほどの男の身長に、茶髪は驚きを隠せない。

 おおよそ190センチはあるだろう男は、観察も済んだのか腕を組み、静かに、しかし重々しくそこに立っている。


「――ってめえ、なにもんだ!!」


 茶髪はこの雰囲気を変えようとすごむが、声が震えてしまい全く覇気が乗らない。

 何故だかわからないが、今この場は、完全にこの男に支配されている。


「……貴様ら、何をしている?」


 この場の空気を完全に呑んでしまっている男は、呆れたようにつぶやく。


「「…………?」」


 当然二人は何が何だかわからずに黙り込むが、



「王の御前ごぜんぞ、頭が高い、『控えよ』」



「「――はい、仰せのままに」」


 次の瞬間、二人は一切の疑問を持たずに一歩下がると片膝を床につき、頭を垂れた。


「…………え……?」


 疑問はそのあとから追いついてきた。

 いま、自分たちは何をやっているのだろうか?

 なぜ、目の前の偉そうな男の言葉に従ったのか?

 どうして、自分たちの体は跪いたまま動かないのだろうか?

 いくつもの問いが浮かんでくるが、それに対する答えは浮かんでこない。

 その苦悩さえも表情に出ることはなく、ただただ跪くだけの2人に男は頷くと、


「ふむ、よろしい。ではまず貴様らに命ずる、『名乗れ』」

「(……この野郎、ふざけやがって……!!)」


 茶髪のその思いも、口から外に出ることはなく、代わりに出てきたのは、


「私は草薙くさなぎ さきがけと申します。高校二年生です」


 という言葉だった。

 その言葉に黒髪も続く。


「私は矢鳥やとり ぬえと申します。同じく高校二年生です」


 見た目は静かに、従順な姿勢を見せてはいるが、その思考は混乱の極みにあった。


「(……なんなんだ、なんなんだよ一体……!?)」


 だが、男はそんなことには一切構わずに、満足げな表情で言う。


「そうか、わかった。……それにしても、貴様らの姿勢は素晴らしい。家臣の素質があるな。その姿勢に免じて、先ほどの無礼は許そう。俺は寛大だからな」


 そんな滅茶苦茶なことを言われても、二人はいまだに動けない。


「さて、家臣が名乗ったのだ、俺も名乗るのが礼儀だろうな。俺は京崎みやこざき 紅蓮ぐれん。高二だ」

「(……なんだよ、タメじゃねえかよこいつ。調子に乗りやがって……!!)」


 怒りに身を任せて動こうとしても、体がその思いに応えることはない。

 一切の動きを封じられ、ただただ服従することしかできなかった。


「……さて、聞くことも聞けたし、――おい貴様ら、『楽にしてよいぞ』」


 その瞬間に、二人の見えない戒めは解かれた。


「「――!!」」


 先ほどまで微動だにしなかった己の体が動いたことで少しだけつんのめった2人だったが、すぐに立ち上がって体勢を立て直すと、急いで紅蓮から距離を取った。


「矢鳥、大丈夫か?」

「ああ、問題ない。……それより、今のはなんだ?」

「知るかよ! よくわかんねえが、体が言う事を聞かなかった……。もう一度喰らったらまずいぞ。 その前にやっちまおうぜ?」

「だが、こんな狭い場所じゃ俺たちの能力はろくに使えない……。規模を小さくすれば勝てるかどうかもわからないんだぞ?」


 得体のしれない現象の前にどうするかを話し合っていると、紅蓮は面白そうに笑って、


「どうした? いきなり反逆の相談か? ずいぶんと元気のいいことだな。……ふむ、ならばもう少し面白くしてやろう。……建物よ、『我らを屋上まで連れていけ』」


 というと、紅蓮たち三人の足元の床に一片が1メートルほどの正方形の切れ込みが入った。

 魁と鵺は急いでそこから飛び退こうとするが、


「おいおい、せっかくの好意を無駄にするつもりか? 『動くな』」


 という紅蓮の言葉でまた動けなくなった。

 先ほどと違い腰から上は動かせるようで、何とか動こうとしているが足は全く動かせない。

 そうこうしているうちに床の切れ込みは床から浮き上がり、人一人を乗せたまま上に登っていく。

 ここは建物の中であり、上にのぼっていけば当然天井があるわけで、


「――くそっ!!」

「ぶつかる!!」


 慌てて腕で頭をかばう鵺と、少しでもぶつかるのを遅らせようとする魁だったが、一緒に運ばれている紅蓮は腕を組んだまま面白そうにそれを眺めている。


「案ずるな、じっとしていろ。ただ単に広い場所まで連れて行くだけだ。問題はない」


 紅蓮がそう言うのと同時に三人の頭が天井にぶつかりそうになるが、


「――っ!! ……え?」

「……穴が、開いた?」


 三人の頭が近付くと、天井がそれを避けるようにへこみ、ついには穴が開いた。

 それはまるで、透明なカプセルが粘土の中を通り抜けているようだった。

 そんなふうに天井を通り抜け、一つ上の階の床から生えて、また更に上に登っていく。

 それをもう二回繰り返すと、頭上に真っ青な空と大きく表示された数字が見えるようになった。

 魁と鵺はついでとばかりにその数字を見る。


「……もう、残り75人かよ……」

「やっぱり、始まったばかりだと減りが激しいな……」


 そんなことを言っているうちに、三人の体は完全に屋上に出てきた。

 今まで立っていた床は屋上の床と一緒になっており、自分たちの立っているところだけ色の違うタイルが貼ってあるようにも感じる。


「……さあ、もう動いて良いぞ」


 そう言われ、やっと体が動くようになった魁と鵺は、紅蓮を睨み付ける。

 同年代の男二人からにらまれて、それでも紅蓮はその堂々たる姿勢を崩さない。


「……なんで、俺たちをここに連れてきた……?」


 威圧がまるで意味をなさないことを悟り、鵺は紅蓮に尋ねた。

 その言葉に、紅蓮はにやりと笑いながら、


「なに、俺は民の反乱を正面から受け止めてやろうと思ったまでだ。だから貴様らが実力を発揮できるという広い場所に連れてきてやったまでの事。感謝せよ、愚民ども」


 と言い放った。

 その大仰かつ不遜な言い方に、魁が暴れそうになるのを鵺は片手で制しながら、質問を重ねる。


「……随分と余裕じゃないか。相手の得意な場所でも勝てるという、その自信はどこからくるんだ?」

「は! 余裕と自信にあふれていてこその王だ。そんなこともわからんのか?」


 その言に、いい加減に魁は耐えきれなくなり、鵺を押しのけて叫ぶ。


「愚民だ王だとうるせえんだよ!! そんなことしか言えねえ口ならずっと閉じてな。今すぐぶっ殺してやっからよぉ!!」


 そう宣言し、魁は空に手を掲げ、叫ぶ。


「来い!! グラシャラボラス!! ベルゼブブ!!」


 その呼びかけと共に、地面に六芒星を基礎とする大きな魔方陣が二つ現れ、その中心に暗い影が集まりだす。


 その影の内、一つは体長5メートルほどの翼を生やした大きな犬となり、もう一方には同じく3メートルほどの巨大な蠅が現れた。

 犬は紅蓮に向かって体をかがめ、今にも飛び掛かろうとしており、蠅は羽音を響かせながら空中に留まっている。


「おい草薙!! いきなり何してるんだ!? まだあいつの事は何もわかってないのにいきなり手の内を晒すような真似を――!」


 暴走しかかっている魁を止めようと鵺は叫ぶが、


「そんな悠長な事言ってられっか!! あいつの能力は得体がしれねえ。だったら発動する余裕を与えないで一気に叩き潰した方が得策だろうが!!」


 と言われ、魁が単に考えなしで暴走したのではないことを知ると、ため息をつきながらもそれに続こうと手を上に掲げる。


「来たれ、ドラゴン! フェニックス!」


 そう呼びかけると、鵺の背後の空間が波打つように揺れ、そこから大きな西洋龍と炎の鳥が現れた。

 体長10メートルほどの龍は大きな羽を広げてはばたき、太い前足の先についた鋭利な爪を紅蓮に向けながら空中に留まっている。

 フェニックスも同様にはばたいて空中に留まっているが、その体を包む炎は燃え盛り、赤から白になってきている。

 戦闘準備が整い、魁は散々自分たちを馬鹿にした紅蓮に向かって叫ぶ。


「どうだ王様気取り!! これが俺の欲望、『魔物を使役したい』から生まれた能力、魔物の召喚と使役だ!! こいつらは俺のいう事をなんでも聞く。俺がお前を八つ裂きにしろと言ったらそれを一瞬で叶えてくれるだろうさ」

「なんでわざわざ自分の能力をばらすんだ……?」


 小さな声で鵺のツッコミが入るが、誰もそれには気を留めなかった。


「ほう、魔物か……。配下を増やす能力とはすばらしいな。……そっちの愚民も似たような能力だが、お前もそうなのか? 確かあの神は『全く同じ能力を持つ者はいない』と言っていたはずだが……?」


 紅蓮がそう鵺に尋ねてくるが、答えても意味がないと黙っていることにしたが、


「馬鹿かてめえは! 俺の能力は魔物専門だが、矢鳥の能力は幻獣専門だ!! それぐらい見てわかんねえのかよぉ!?」


 いきなり仲間にばらされた。


「馬鹿はお前だ!! なんで俺の能力までばらすんだ!? 対策を取られちまうだろうが!!」

「……あ、わりい。ついうっかり……」

「うっかりで済むか!! ……まあいい、こうなったらこいつをさっさと殺すぞ。生かしておくと俺たちの能力がばれるからな」

「おう、任せとけ!!」


 そんな漫才のようなやり取りの後、二人はいまだに腕を組んで立ち続ける紅蓮を見据え、



「「――行け!!」」



 自分の配下達を突撃させた。



   ●



 翼をもった犬は空を駆け喉笛を噛み千切ろうとし、大きな蠅は体を小さな蠅に分裂させてまとわりつこうとし、ドラゴンはその大きな前足を振り上げ叩きつけようとし、フェニックスは自分の纏う炎で全てをかき消そうと突っ込んでいき、



「『静まれ者共』」



 紅蓮のその一言で全ての攻撃が止まった。



   ●



 自分たちの呼び出した人外たちの動きが止まったのを見て、魁と鵺は混乱した。


「おい、どうしたグラシャラボラス! ベルゼブブ! 早くそいつを殺せ!!」

「ドラゴン、フェニックス、なぜ攻撃をやめる!? 頼むから早くそいつを殺してくれ!!」


 何とかして動かそうとするが、人外たちは呼びかけに一向に答えようとしない。


「犬に蠅に蜥蜴に鳥……。そんなものでこの俺を殺せるわけがないだろうに……」


 試行錯誤を繰り返す二人に、紅蓮のそんなつぶやきが聞こえてくる。


「おい、そこの茶髪の愚民。貴様先ほど俺の事を『王様気取り』と言ったな」


 止まっているとはいえ、自分が人外たちに囲まれているということを全く感じさせない堂々とした声で紅蓮が魁に問いかける。


「……あ? それがどうしたよ? 王とか愚民とか言って、その通りじゃねえか」


 それどころではないというように適当に答える魁だったが、紅蓮は首を横に振ると、


「それは大きな間違いだ。俺は王様気取りではなく、――本物の王だ」


 その宣言に、二人は訳が分からなくなり、


「――だからなんだというんだ!? お前がどこぞの王族の末裔だろうが、そんなものはここでは何の意味もないだろうが!?」


 普段の冷静な思考をかなぐり捨てて叫ぶ鵺だったが、紅蓮はつまらなそうにため息をつき、


「それが大いに関係あるのだよ。俺の欲望は『王になりたい』。ゆえに、俺の能力もまた『王である』能力だ」


 思考がまとまらずに何も言えない二人にかまわず、紅蓮は話し続ける。


「王であるとはそもそもどういう事か。国土を持つことか? ――違う。国民を持つことか? ――違う。高貴な血を引くことか? ――違う。王とはそんなつまらぬものではない。――真の王とは、すべてを支配し、すべてを己が手足とする者の事を言うのだ」


 その話を聞いているうちに、鵺の顔色がどんどん悪くなっていった。


「……まさか、お前の能力は……」


 そのつぶやきを聞き、紅蓮は感心したように『ほう……』と言い、


「ようやく気が付いたか。俺の能力は俺の思い描く理想の王になること。そして、俺の思い描く王の一番の特徴、それは、――全支配権の獲得だ」


 それを聞き、魁はよくわからないという顔をして隣の友人に尋ねる。


「支配権の獲得? おい矢鳥、どういう意味だ?」


 その問いに、鵺は顔をこれ以上ないくらい真っ青にしながらも、答える。


「……この男は、すべてのモノを支配して、命令を出せる、ってことだ……。その範囲は無生物である建物にも及ぶ。さっきの扉の作成やここまでの移動もその能力だ。……そして、無生物でさえも支配できるということは――」

「――そう、意思を持っているこの人外たちならば簡単に支配できる、ということだ」


 鵺から引き継いだ紅蓮が放った言葉を理解した魁も、事の重大さに気が付いた。


「――じゃあ、俺たちの戦力がそのままお前の戦力になるのか……!」

「その通りだ。敵の配下でも受け入れ自分の物とする。これも真の王の所業だからな」

「っくそ!! 逆召喚開始!! 戻れ、グラシャラボラス! ベルゼブブ!」


 急いで自分たちの脅威を減らそうとするが、その影には全く変化は見られない。


「おい、早く元居た場所に還れ!! ドラゴン! フェニックス!!」


 鵺も同様の事を考えて幻獣たちを消そうとしているようだが、一向に意味をなさない。


「……無駄だ、貴様たちの呼び出した人外たちの支配権は完全に俺の物だ。もうこいつらは貴様らの自由にはならない」


 最初は二人の悪あがきを面白そうに見ていた紅蓮だったが、すぐに飽きたのかつまらなそうな顔になってそう言った。


「っくそ! どうした!? 呼び出した俺のいう事が聞けないのか!?」

「頼むよ……。頼むから、元居た世界に還ってくれ……」


 だが、その言葉ももはや彼らには届いていないようで、2人は無駄だと知りつつも同じことを繰り返している。

 そのさまを見て、紅蓮はすぐ目の前で止まっている人外たちに語りかける。


「貴様たちも大変だな。愚かな主を持つと苦労するだろう。……さあ、今まで主であったよしみだ。お前たちの元主たちの愚行を止めてやれ。せめてもの手向たむけとしてな……」


 そう言われて、今まで動きを止めていた人外たちは自分たちの背後に向き直ると、一気に躍りかかっていった。


「……ひっ――」

「……ま、まっ――」


 そうして、断末魔の声も許さず、喉笛を噛み千切り、その体を覆いつくし、焼き尽くし、叩き潰した。

 新しい主からの命令を果たした人外たちは、満足そうに各々の叫び声をあげ、そして消えていく。

 そのさまをただ黙ってみていた紅蓮は、ポツリとつぶやいた。


「……ふむ、支配権はこちらにあったとはいえ、さすがに能力者が消えれば出したモノも消えるか……」


 『言い手駒になりそうだったのだがな……』とぼやきながら屋上のふちまで歩み寄り、




「『大気よ、我が足場となれ』」




 と言って、空中に足を踏み出し、そのまま見えない階段を下りるように地上に向かう。



「次からは、まともな配下を見つけねばな……」



 その言葉を、風に溶かしながら。



   ●

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