第45話:藤沢 沙良
詩織のあの言葉が、まだ胸に残っていた。
——「私はパパが好き。大好き。言っておくけれど、女性として、男性としてのパパが好きってことだからね」
一応、私は理解していた。
詩織は、あの場を突破するために、あえてあの言葉を選んだのだろう。
「そういうことにしたくなければ——私がもう一人のパパとして会いに行くことを認めて」
その条件を飲ませるために。
けれど……。
——もしかしたら、本当に少しは“女性として”啓介を好きになってしまっているのではないか。
そう考えると、気が気でならなかった。
その夜、私は重い指先でスマホを開き、啓介に連絡を入れた。
事情を説明し、やむを得ず今後も詩織が啓介と会うことを許したと伝える。
返ってきた彼の声は、妙に愉快そうだった。
「なんかやり方が本当にオレっぽいな。流石オレの娘だ」
……喜んでどうするの。
私は思わず額を押さえた。
「まさか、入れ知恵したんじゃないでしょうね?」
疑わしげに言うと、彼はきっぱりと否定した。
「いや、それはないよ。詩織ちゃんが自分で考えたんだ。今までオレが話してきたことを踏まえて、堂々と交渉したんだと思うよ」
電話越しの声に、わずかな誇らしさが滲んでいた。
私は胸の奥で、複雑な感情が渦を巻くのを感じた。
——そうか。
もう詩織は、精神的には完全に啓介の「娘」なのだ。
啓介の前では、年頃の甘えた娘の姿を見せる詩織。
けれど亮や私の前では、自分の意志を貫き、理屈を武器に堂々と交渉してしまう。
そうやって彼女は、もはや私を追い越してしまっていた。




