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Episode49



「おはよう」


翌朝の朝練。


いつも通り瀬良は黙々とウィッグを使ってカットの練習をしていた。

真剣な横顔を見ながら、美菜は心の中で昨夜の配信の感謝を伝える。


(……瀬良くん、ありがとう…!)


瀬良の選択肢を参考にしたおかげで、攻略が成功した。

まさか乙女ゲームにまで助けられるとは思っていなかったが、改めて彼の余裕と落ち着きのすごさを実感した。


美菜がふっと笑っていると、瀬良が不思議そうに眉を寄せる。


「なに?」


「んー? なんでもない」


適当に誤魔化して練習を始めると、瀬良は怪訝そうな顔をしながらもそれ以上は聞いてこなかった。



***



朝の掃除中、美菜は田鶴屋が窓を拭いているのを見つけて手伝いに入る。


「おはようございます、店長」


「ああ、おはよう!」


並んで窓を拭きながら、ふと昨日の配信を思い出す。


「……あの、昨日の配信、助かりました。コメントのおかげでクリアできました」


「おー、よかったな!」


田鶴屋は軽く笑いながら窓を拭き続ける。


「で、誰を参考にしたんだ?」


「えっ」


「選択肢、誰を真似したんだ? ん?」


ニヤリと意地悪く笑う田鶴屋に、美菜の動きがピタッと止まる。


「……っ!!」


途端に顔が熱くなり、動揺を隠すようにバタバタと雑巾を絞る。


「わ、わかりません! 忘れました!」


「はは、まあいいけどな」


苦し紛れにその場を逃げる美菜を見送りながら、田鶴屋はおかしそうに笑っていた。



***



その日の営業は朝から予約がぎっしり詰まっていた。


誰もが無駄な動きをせず、的確に仕事を進める。美菜もアシスタントたちに指示を出しながら、細やかにフォローを入れていた。


田鶴屋と瀬良は特に忙しく、二人とも指名の予約がびっしりだ。美菜よりも経験のある彼らのもとにつくアシスタントたちは、緊張しながらも気合い十分に動いていた。



——そんな中、事件は起こった。



「こっちは客だぞ!!!」


突然、サロン内に響く怒声。


一瞬にして、スタッフたちの動きがピタリと止まる。


何事かと受付に目をやると、威圧的な男が怒鳴り、千花が怯えながら対応していた。


(千花ちゃん……!)


美菜はすぐに接客中のお客様に「少々お待ちくださいね」と優しく声をかけ、状況を確認するために受付へ向かう。


「お客様、どうされましたか?」


千花を庇うように間に入り、できるだけ穏やかに尋ねる。千花に「大丈夫だから、一応店長呼んできて」と微笑みかける美菜。

それは、できるだけ穏便に済ませるための判断だった。


しかし、千花は不安そうに美菜と男を交互に見つめ、すぐには動けなかった。


(でも美菜先輩、大丈夫かな……)


受付カウンター越しに向かい合う男は、見るからに気性が荒そうで、美菜がどんなに冷静に対応しても、この場が簡単に収まるようには思えなかった。


「伊賀上さん」


美菜がもう一度、少し強めの口調で呼ぶ。


千花はハッとして、小さく頷いた。


「す、すみません! 失礼します!」


一礼して受付を離れ、慌てて奥へ走る。



***



「どうしたもこうしたもねぇだろ! 何度も髪を切れって言ってんのに、無理だって言うから話してたんだよ!」


「申し訳ございません。当店は完全予約制でして……本日は予約が埋まっており、ご案内が難しい状況なんです。もしよろしければ別の日に——」


丁寧に説明するが、男の怒りは収まらない。


「とりあえずさっきの女の分、頭下げて謝れや」


「……?」


美菜は一瞬、言葉を失う。


千花はあくまでマニュアル通りの対応をしていただけだ。それなのに謝る必要があるのだろうか。


しかし、これ以上騒ぎが大きくなるのは避けたい。


(早く収めたほうがいい)


「先程のスタッフはまだ見習いでしたので、お客様に不快な思いをさせてしまったかもしれません。代わりに謝罪させていただきます」


そう言って軽く頭を下げた瞬間——


「謝るならちゃんと頭下げろや!」


男の手が美菜の頭を強引に押し下げる。


——ゴンッ!


受付カウンターに額をぶつけ、鋭い痛みが走る。


「うっ……!」


思わず顔を上げると、男はまだ苛立った様子でこちらを睨んでいた。


(なにこいつ……!?)



***



その頃、バックルームでは田鶴屋がパーマ液の準備をし、瀬良はカラー剤の計量をしていた。


「た、田鶴屋店長……っ!」


突然、半泣きの千花が駆け込んできた。


「……どうした?」


田鶴屋が手を止め、顔を上げる。


「受付で……っ、変なお客様が、美菜先輩に……!」


その言葉を聞いた瞬間、瀬良の動きが止まる。


「……っ」


カラー剤を混ぜる手を止め、嫌な汗が出る。


「美菜先輩、対応できない私を庇って……相手の人す、すごく怖くてっ……!」


千花の声は震えていて、今にも泣き出しそうだった。


田鶴屋はパーマ液を置き、すぐに動き出そうとする。


「……店長、俺も行きます」


瀬良はそう言って、カラー剤を置き、田鶴屋を制した。


「わかった、お前も来い」


「……はい」


短く返事をすると、2人はすぐに走り出す。


千花は不安げに後を追った。


(美菜……)


瀬良は奥歯を噛みしめながら、受付へと向かった。



***



「美菜……!」


駆けつけた瞬間、瀬良の表情が険しくなる。


「あ……瀬良くん……」


受付に立つ美菜の額は赤くなっていた。

明らかにこの男が何かしたであろうという雰囲気だ。

瀬良は美菜が見た事ない顔で男を睨む。


瀬良の視線の冷たさに、男が一瞬怯んだように見えた。


「河北さん、大丈夫?」

「あ……私は大丈夫です……」


田鶴屋はまず美菜の様子を確認しつつ、静かに男に向き直る。


「お客様、当店は完全予約制です。本日のご案内はできませんので、これ以上の対応は致しかねます。これ以降騒ぐようでしたら、営業妨害として警察を呼ばせていただきます」


低く淡々とした口調だったが、その威圧感は明らかだった。普段の田鶴屋からは考えれないほどそこには怒気が込められていた気がした。


完全に気が悪くなったのか、男は舌打ちしながら「こんな店来ねえよ!」と吐き捨て、店を出ていった……。


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