Episode47
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講習を終えた帰り道。
夜風が少し冷たく、街灯がぼんやりと歩道を照らしている。
「今日の講習、難しかったけどいい経験になったなー」
美菜がそう呟くと、隣を歩く瀬良が「まあな」と短く返す。
「でも、楽しかったよ。やっぱりスパって奥が深いなって思ったし」
「そりゃそうだ。お前の手、割と力強いし、向いてるかもな」
「え、ほんと?」
思わず嬉しくなって瀬良の顔を覗き込むと、彼は軽く肩をすくめた。
「まあ、俺が言うまでもなく……店長もお前のことちゃんと評価してるしな」
「……そうかな」
なんとなく照れ臭くて、美菜は前髪を指で弄る。
そんな美菜の仕草を見ながら、瀬良が不意に手を伸ばした。
「……!」
美菜の手が、瀬良の手に包み込まれる。
指先が触れた瞬間、心臓が跳ねた。
「な、なに……?」
戸惑う美菜をよそに、瀬良は何でもないような顔をして、そのまま自分の方へ少し引き寄せる。
「夜道、危ないからな」
さらっと言う瀬良だったが、繋いだ手をわずかに揺らしながら、美菜の指に絡めるように遊ぶ。
その動きがあまりにも自然すぎて、美菜の顔が一気に熱くなる。
「……っ、ちょ、やめ」
「手を繋いだだけでこれだと、先が思いやられるな」
わざと耳元で囁く瀬良の声に、美菜の体がビクッと跳ねた。
(……ッ!)
冗談めかした言い方なのに、やたらと低く響く声が心臓に悪い。
27歳にもなって、こんなことでいちいち動揺するのはさすがに格好がつかない。
(大人の女の余裕を見せるべき……!)
そう思った美菜は、努めて落ち着いた声を作り、ふっと笑った。
「……ふーん? そんなことで調子に乗らないの」
「お?」
瀬良が面白そうに眉を上げる。
「別に手を繋いだくらいで動揺なんてしないし」
そう言いながら、今度は美菜の方から瀬良の指をぎゅっと握り返す。
「……ほう?」
瀬良がじっと美菜を見つめる。
目が合った瞬間、余裕を装っていたはずの美菜の顔が一気に熱くなった。
(やっぱ無理!! 余裕ぶるの無理!!!)
美菜がぱっと手を放すと、瀬良は肩を揺らして笑った。
「ふっ……やっぱり、ありのままのお前が好きだな」
「……!!」
美菜は反論する言葉もなく、ただ顔を赤くするしかなかった。
結局、今日も瀬良の余裕には敵わない。
***
何だかんだ会話をしながら歩いていると、結局美菜の家の前まで送ってもらう形になった。
「ありがとう、瀬良くん」
「どういたしまして。お前、今日頑張ってたな。」
「……うん!」
褒められるのはやっぱり嬉しい。
瀬良は軽く頷くと、「じゃあな」と帰ろうとする。
だが、美菜はその腕をそっと引き止めた。
「晩御飯、食べていかない?」
瀬良が足を止め、美菜をじっと見つめる。
「……まだ気にしてんのか?」
「な、なにが?」
「さっきの」
美菜の余裕ぶりを見透かしたように、瀬良が口角を上げる。
そして、不意に少し顔を近づけ——
「……飯だけじゃ終わらないかもよ?」
「……ヒョッ…!!?」
予想外の言葉に、変な声が出た。
瞬間、美菜の顔が真っ赤になる。
「な、ななな、何言って……!」
バッと瀬良から距離を取ろうとするが、手はまだ掴まれたまま。
「……っ!!」
その場で必死に顔を背ける美菜を見て、瀬良はくすくすと笑った。
「冗談だよ。……でも、今日は疲れただろ?」
「……」
「また今度、ご飯作ってくれ」
そう言いながら、瀬良は軽く頬に口付けて美菜の手をそっと離す。
「……おやすみ」
そう言い残し、瀬良は歩き出した。
美菜は、去っていく彼の背中を見つめながら——
(やっぱり、瀬良くんの余裕には、まだ追いつけないな……)
そう思いながら、自分の頬をそっと押さえた。




