本題です
清掃班とラーマ、そして私。お互い顔も見ず無言で雪かきに従事すること数十分。
祠の周りは土台も含めてしっかりと雪を払われ、そのフォルムがよく判るようになった。とはいえ、こびりついた雪や氷は如何ともしがたい。この感じでは中の神像はともかく、木造の外側に何か書かれていてもはっきり判別できそうにない。
「……やっぱり、堂々と入った方が魔法が使えたかもな」
試しに祠の木肌を手袋をした手でこすってみる。
ヒビなどの隙間に雨雪が入り込んで凍りついていて、ちっとも取れない。
「どうしたシリル。最後まで頑張ったじゃないか」
「そうだな、いつもは少し手伝ってすぐ根をあげるのに」
「サカシータで鍛え直されたんだろう」
「聖女様と猟犬様のおかげってやつか」
はっはっは、清掃班の人々が祠から目を離さないエセシリルをねぎらう。
「聖女様はいつ来るんだ。私達も同席させてもらえるだろうか」
あれ。この人達、私達にそこまでの悪感情がなさそうだな。
「一応、保守派の奴らに話を通したほうがいいんじゃないか。後で分かるとうるさいぞ」
「シリル、そのあたりはどうなっている」
「ごめん、全然話通してない」
「だろうなあ。しかし珍しく素直だな。お前、本当にシリルか?」
ぎくー。シリルならここですっとぼけるのか。観察不足だ。
ずい、その間に入ったのはラーマだった。
「あまり無茶をすると、我々ではなく聖女様方が悪者にされてしまう。シリルもよく解っているのだろう」
「なるほどな。相変わらず知恵の回るガキだ」
清掃班のおじさん達はあっさり納得した。
「ラーマよ、女衆がそろそろ集落に帰ってくるぞ。バレる前に戻っておけよ」
「シリル、聖女様が来るなら私達も呼んでくれ。どんなお方か気になる」
「うん。雪かきしてくれてありがとう。聖女様にも伝えとくよ」
「ははは、本当にいい子になったなあシリル」
清掃班の面々は道具をまとめて担ぎ、ハイホーハイホーとばかりに引き揚げていった。
「シリル……いや」
「バレてますよね」
私は、彼らの背中を共に見送った人の顔を見上げた。
「いつ気付きました?」
「雪かきを始めてしばらくした頃に。やはりおかしいと思いまして……いつもなら文句も言いますし、途中で疲れたと言ってやめてしまうのです。特に、甘える相手がいる時は」
彼、ラーマは、自分がその『甘やかす』担当である自覚があるのか、苦笑いで後ろ頭を掻いた。
「なるほど。やっぱり観察不足というか、普段の振る舞いまでは再現しきれませんでしたね。私の中での彼は、素直で、人情深くて、幼児達の面倒をよくみてくれる責任感の強いお兄ちゃん、というイメージが強いんです」
「それだけ、役に立ちたい、恩を返したいという気持ちが強かったのでしょう。シータイでは、誰もが自分にできることを率先して行う雰囲気があった。ええ、あなた様の影響です。聖女様」
「そんな、他の人だって」
「他の方々とて、朝早くから夜遅くまで駆けずり回るあなた様に影響されていたはずです。私もそのひとりだった」
これはおべっかではなく、事実を言っているのですと、彼はそう念押しした。
「とはいえ、全く気づきませんでした。声色や仕草まで本人そのもので、正直今でもシリルと対峙しているような気がしてなりません」
「顔を正面で見てもですか? ふへ、それは大成功ですね。ありがとうございます」
「本当に何事も器用にこなされる。対して私の不甲斐なさたるや。身内を装われてさえ見抜けないとは……」
とほほ。
さっきの清掃班も騙しきれたようなので、そう落ち込まないでほしいのだが。
「あの、ラーマさんって、近視じゃないですか?」
「きんし、とは」
「離れたところにあるものが見えにくい、ぼやけて見える、そういう目の症状のことです。心当たりは?」
「確かに、人よりも木や山の天辺、星などもはっきり見えないようだと思ったことはあります。……それは病気なのですか? いつか失明でもするのでしょうか!?」
「いえ、疾患のひとつに数えられますが病気というほどではなく、失明まではしません。近くは変わらずはっきり見えますしね。ただ、環境や体質によって進行もするので、日常生活で不便を感じるようになるかもしれません」
「そうなのですか、まあ、完全に失明しないのなら」
「日本なら眼鏡などの補助器具があれば解決するんですが……」
あるのかな、眼鏡。今のところ着けている人を見たことはないが、裕福なお貴族様なら持っていたりするんだろうか。
「めがね、ですか」
「またうちの主様に訊いてみます。テイラー家でも手に入らないものなら諦めてもらうしかないですが、期待しないで待っていてください」
「そっ、そんなあなた様のお手をわずらわせるなど!」
「でも、林業家さんですよね。遠くまで見えた方が安心じゃないですか。山で何か見間違えて迷ったりしたら危ないし」
「今のところ何とかやれておりますから!」
「そうですか?」
まあ、それでも一応訊いてみよう。近視の人なんて他にもいると思うし、ラーマは単に状況に慣れているだけだろう。この距離で人の顔をはっきり識別できていないとなると、普通に矯正が必要なレベルだ。
「それで、本題です」
「本題、とは」
「もう、私を聖女と呼ばないでくれますか」
「それは……っ」
「だめ? 俺がお願いしても」
きゅるるん。
「シ、シリル! お前が始めたことだろう、聖女様の像を勝手に造り、あちこちに奉納しているとも聞いたぞ!」
「それはそう。ほとぼり冷めたら回収に行かなきゃ。でももう、大きな街は歩けないかもな……」
はっ、ラーマが眉を下げる。
「申し訳ありません、つい。しかし、堂々と歩かれたらよろしいではないですか。護衛が足りぬなら、我々神官も道を作りに参りましょう」
「私がそんなパレードを好む人間に見えますか」
「しかし、あなた様が神に選ばれたのは事実でございますから!」
「それが違うんですよ」
私は指先を陽光にかざす。しっかりとイメージをして念じれば、キラキラと細かな氷のかけらが空中に発生し、私とラーマの間をただよう。
「これは……! ほら、やはり」
近視でもキラキラは見えるようだ。ぼやけて見えるせいで余計に幻想的に見えている可能性もある。
「だから、違うんですってラーマさん。これ、私が自分で起こしているんです。魔法で空気中の水分を凍らせるとこんな現象になるんですよ。神の御渡りとか、そんなものじゃありません」
「これを、ご自分で起こして、いる……?」
「なまじコツを掴んじゃったせいか、魔力過多になると勝手に発生することもあります。この間は混乱を招きまして、誠に申し訳ありませんでした」
ぺこり、私は頭を下げる。
聖域『女神の寝所』の入り口でうっかり大規模なダイヤモンドダストショーを見せつけてしまったのは、私の失態だ。
「…………あなた様は、神の御使いなどではないのですね」
「そうですね。全然普通の」
「御使いでなく、神、そのものだと」
ざっ、彼はその場にひざまずいた。
「やめて! 違うから!」
「いいえ! こればかりは!」
すぅ、私は肺に空気を取り込み、姿勢を正す。
「やめなさい、と言っているのが聴こえませんか」
「っ、しっ、しかし!」
「神の御前ですよ。手品ができるだけの偽物に頭を下げるとは何事ですか!」
びり。自分で放った威圧だが、空気が震えるのが分かる。ラーマは言葉を失ってへたり込んだ。
「神官ラーマ。こちらの尊きお方にお目通りを願い出たく存じます。取り次ぎなさい」
私はそう言うと祠の正面に向かってひざまずき、目線を下げた。
つづく




