42.冬ごろも
十月の最初の頃はまだ暖かいのにと思っていたが、だんだんと風が厳しくなってきた。北の山から吹き降ろす風だ。あれか、六甲おろしか?
外を歩くのに暖かい上着がいる。店を開けるときはきっちり薪を燃やして暖を取るらしいが、週の半分はなるべく燃料も節約するので家の中でも暖かい格好をして過ごすという。
コートと部屋着、今日はそれを見に来ました。一人じゃ不安だったので、糸屋のアンジーについてきてもらえないかお願いしたら、二つ返事でオーケーをいただいた。
「実は、寒いのが凄く苦手です」
「チェチェってこと?」
「いえ、根性の話だと。まあ体質もあるかもしれないけれど」
冷え性だったので、冬は自宅のこたつに潜り込んで過ごすことが多かった。
「それならしっかり買い込まないとね。お金はあるんでしょ?」
「うん」
うなるほどございます。
一昨日神殿に呼ばれて収支報告を受けた。索敵の組み紐の商品登録は、神殿から神殿へと通信魔導具で連絡をしている。組み紐協会には神殿から連絡が行くが、実物も四方へ送っていた。遠い街では言葉だけの説明なのでまだ索敵の耳飾りは作られていない。しかし、近場の二つの街には実物が届いてから十分すぎるほどの時間が経ったので、そちらでもかなり売れたのだ。
一つ売れると銀貨六枚と銅貨八枚。十売れれば金貨六枚と銀貨八枚。シシリアドで軽く二百は売れた。大金貨十三枚と金貨六枚。
うん、恐ろしい。
本日の軍資金は金貨五枚である。足りなかったら届けてもらって店で払うことにした。それだけの買い物を持ってウロウロするのもまた危ない。
北からの冒険者が街に流れてきているのを実感している。人が明らかに増えている。新規の客が増えているのだ。姉弟子が、店への行き帰りで安く組み紐を編んでくれないかと声を掛けられたそうだ。正規の値段を払うのすら惜しい精霊使いが現れている。そういった行為はもちろん厳しい罰が与えられるので姉弟子はすぐに逃げ出した。
「それじゃあ、選ぶよ〜」
アンジーはウキウキを隠そうともせず店の扉を開ける。
「いらっしゃい。おや、シーナか。冬支度かい?」
一番最初にこちらの世界へ来たとき、古着を買いに来たのもこの店だ。シーナより背の低い可愛らしいおばあちゃまだ。金には厳しいが。前はガラと値引き交渉ゴリゴリにやりあってた。
「はい。あったかいの買いに来ました!」
「それはそれは。じっくり選んでってちょうだい」
よーしと思っている間に、アンジーがぽいぽいとなにやら山の中から商品を引っ張り出してる。
「あ、アンジー?」
「まずこれ、下着上下。こん中から必要枚数選んで」
かぼちゃパンツとばばシャツが五、六枚。床の真ん中にある絨毯の上に並んでいる。ここは土足厳禁の場所。
「靴下はどうするの?」
「どうするとは!」
「縫えるの?」
「縫えません。裁縫技術はゼロです」
マジかみたいな顔されたけど、日本で靴下縫うやつなんてほぼいねぇからなぁ!! テレビで、日本の靴下技術は世界一ィィィィってやってたよ!
「早めに言えば友達割引で請け負ってもいいけど、今年は無理。諦めて買いなさい」
衣類の山に靴下も足される。全て古着。割ときれいめな擦れてないものを選んでいく。
「ホントは下着は自分で布作って縫うものだから……」
「布を作るとは?」
「……それも今度から早めに言いなさい」
「あらあら、故郷では縫い物家族に任せてたのかい?」
シーナとアンジーのやり取りに、おばあちゃまが笑う。
「故郷では衣類を一般人が新品で購入できるんですよ。縫う機械があるので人件費がこことは段違いでかからないんで」
「あちらの服もお貴族様の着てるような布だったものねぇ」
当時ガラの古着を借りてここにはきたが、中のシャツはそのまま着てたら、恐ろしく興味を持たれて着ていた服を奪われた。まあ、好事家に売るからと返してもらったがなかなか手を離してくれなかったあれはちょっとトラウマだ。
基本的な服は、ワンピースのようなものに、ズボンを履く。夏はこのズボンを履かなくてもいい。生足見せるの厳禁みたいなことはない。フェナは夏はサンダル履いてるし。
ワンピースも冬服は厚めの生地でできている。名前があるのだろうが自動翻訳さんがワンピースと訳してしまったので、もうそのままだ。
「ワンピースいくつ買うの?」
「三つくらいかなあ」
「あらあらー、もっと買っていってもいいのよぉ」
わりとご近所のこの店。索敵の耳飾りのことは知ってるのだ。これは、値切れないなぁ。
「まあ気にいるのがあったら」
夏服はわりと刺繍がきれいにされてたり、後ろにリボンがあったりと少し華やかにしようという心意気が見えたが、冬服はみなどれもシンプルだ。外に出るときはコートを着ていくので、魅せることがないからだろう。それでも、可愛いなと思う色合いのものをいくつかピックアップし、それに合うズボンも選んだ。
「コートはこっちね。何色がいいの? シーナは髪が黒だからなんでもいけそう」
とはいえ、何年も着るものだし、汚れを気にするなら濃い色のほうが良いだろう。
「シーナちゃんはもう背は伸びないのかい?」
「そうですね、これでも二十四です」
「えっ!?」
驚きすぎです、アンジーよ。
「なら、コートはもう少し良いものを買ってもいいかもね。金はあるんだろ?」
「え、まあ」
「成長が止まってるならこの先も着るものだし、厚手の良いものを買いなさい。ここら辺の北からの吹き下ろしは本当に厳しいよ。冬の間もフェナ様のお屋敷に呼ばれるんだろ?」
「みんなよく知ってるなぁ」
「フェナ様に関する噂は恐ろしい速さで回るわよ。おもちゃって言われてるのも知ってるし」
「あの人の気に入りは街全体で支援しないとね」
「えぇ、みんな、フェナ様が貴族だからって、なんか、フェナ様に甘くありません?」
すると二人はびっくりしたように目を丸くした。こちらがびっくりである。
「あのさ、シーナ。フェナ様は稀代の精霊使いよ?」
「アンジー、この子根本がわかってないよ」
あー、と半眼になるアンジー。
「落とし子の感覚かぁ。難しいね、そこら辺気をつけてるつもりだけど。あのね、街の価値ってのがあるのよ。領地の価値でもあるわね。シシリアドには今フェナ様が、定住してくれているの。強い精霊使いが、強い冒険者がいる街は有事の際すごく有利になる。魔物が街を襲ったり、天災があったりしたとき助けを乞うことができるのよ。シシリアドが冬の最北の避難場になっているのも、フェナ様がいらっしゃるから。フェナ様がいらっしゃらなかったら、流れの冒険者はもっと冬過ごしやすい南の街へ行っているはずよ。事実過去はそうだったらしいし。強い冒険者の定住は、更に強い冒険者を呼び込み街の、領地の価値をあげるの」
だから、街全体でフェナのご機嫌をとるのだ。フェナの動向に意識を向けるのだ。
「フェナ様は何考えてるかわからないからねぇ。おもちゃがいるならまだまだシシリアドにいてくれるだろ? シーナには頑張ってもらわないとねぇ」
生贄だよ、シーナ。と、おばあちゃまが言った。
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布ってどうやって作るんでしょうね(怖)
気が遠くなる……




