四年の月日が流れ
それから四年の月日が流れ、
僕と彼女は一児を持つ親となっていた。
あれから僕と彼女は一応、数ヶ月の交際を経て、
さらに数ヶ月後に婚姻届を提出した。
その間に、今まで働いていた店を辞め、
店を引き継いだ。
今では、あのときの客が
常連客としてよく足を運んでくれている。
そして今日は、二月十三日、とうにいの命日だ。
彼の死を、無理に忘れようとはしない。
彼女が無理に忘れることはないと言ってくれたから、
僕はその言葉を受け止めて、
彼の死を抱いたまま生きることにした。
だからこうして命日も
月命日も家族で墓参りに来ている。
「ほら香澄、おてて合わせて、お祈りするんだよ」
小さな体で精一杯背中を曲げる女の子は、
僕と彼女の娘の香澄だ。
名前の由来は、「透」の透き通るから取り、
「澄む」という意味を取り入れて名付けた。
彼の死を忘れず、抱いたまま生きている証だ。
供えるのは菊や榊ではなく、
心の種を育てた、花や果実だ。
これでなければいけない、
僕らと彼とを結ぶ、繋がりだから。
「これからもどうか、
僕たちを見守っていてください」
これから先、娘が成長していく過程、
結婚して、子どもが生まれ、僕ら夫婦が老いる。
そうして続いていく未来と記憶を、
ずっと報告していこう。
僕の記憶や思い出たちを彼と共有したい。
言い換えるなら、
僕の思い出全てをとうにいに捧げたい、だろうか。
しかし、
なんとなくしっくりこないところがある。
もういい大人だというのに、
彼をとうにい呼ばわりしているところかな。
それに、キザすぎて性に合わない。
何て言うべきだろうか。




