「茶色の印字」
「連絡先を交換してほしい」
自信なさげにスマホを見せ、
僕を引き留める縁さんが萌えポイントにヒットした。
「勿論ですよ」
そして、改めて
僕は清掃のためにあの店へと足を向けた。
店はとても静かで少しばかり暗かったけれど、
それでもどこか物思いに耽ってしまうものがあった。
掃除を頼まれたがその前に、
彼女から渡された封筒の中身を確認しようと、
封筒を開けてみる。
中には、彼女が言ったように
土地使用の名義や店の経営者に関わる
書類なんかが封入されていた。
しかし、中身はそれだけではなかった。
三つ折りに畳まれた白くて、
薄っぺらい一枚の紙が同封されていた。
店の営業再開の手続き用紙か何かかと思いきや、
それは茶色の印字に手書きの文字が記されており、
裏から黒いインクが透けて見える。
破れそうに柔い紙をそっと開き、
僕は呆然とその紙を見つめた。
そして、ポツリ、独白を呟いて。
「どうして、こんな回りくどい……馬鹿だなあ」
僕は鞄の中からボールペンと印鑑を取り出し、
空白を埋めるように記入して、捺印する。
この婚姻届のせいで、
掃除どころではなくなってしまった。
その紙を三つ折りに畳み直し、
ポケットに仕舞い込む。
それから僕は掃除を後回しにして、
彼の墓へと向かった。
お供えなんか用意する余裕もなく、
さきほど墓参りをしたばかりで
その必要もないように思われた。
目の前には心の実がついたままの枝が
無邪気に笑っている。
僕がこれからすることなんて、露知らず。
「僕は、縁さんのことが好きです。
とうにいの好きな人だって気づいた頃にはもう、
惹かれていました。
以前、告白されて、
今日、婚姻届が同封されていました。
回りくどくて、不器用ですよね。
でも、嫌いになんて
なれないくらいに大好きなんです。
だからこそ、この想いに蓋をしようと思います」




