「あの店を」
「あの店を、『stray sheep』を君に任せたい」
「え」
「カウンセリングに訪れる人は
心に悩みを抱えた人のほんの一割にも満たない。
それに、カウンセラーだけで
対処するには人手が足りない上に、ハードルも高い。
だから、『種』で救える人がいるなら、救いたい。
これは私のエゴだ。
けれど、君は言ってくれたな。
『その行為で救われる人がいるなら、
それはエゴなんかじゃないですよ』
君が私に、色んなことを教えてくれたから、
今私がこうしてカウンセラーをしていられる。
だから、どうかお願いだ、
あの店を君に継いでほしい。
君じゃないとダメなんだ、君以外には頼みたくない」
そんな昔のことをどうして覚えているのだろう。
それに、滅茶苦茶すぎるのに、
断れないと思ってしまう。
「それは、僕が『種』を扱う、
ということですか?」
「そうだよ。
君に、『心の樹』も含めて『種』を育ててほしい」
彼女は僕に何を求めているのだろう。
「料理も出しますよね」
「もちろんだ。
そのためには、調理師免許も必要だが――」
そう言えば、彼女は知らないのか。
久しぶりに再会したのだから、
至極当たり前のことだけれども。
「言い忘れていましたね。
僕は調理系の学校を卒業したので、
調理師免許は持っていますよ。
後は、実務経験を積むだけです」
「じゃあ――」
彼女の言葉を待たず、食い気味に答える。
「はい、受けますよ、その話。
あの店は僕にとっても大切なものなので。
働き始めてもうすぐ二年になります。
だから、せめて二年が経つまで、
待っていてくださいね」
「勿論だよ」
彼女は温かな笑顔を見せてくれた。
そして、柔そうな手が封筒を差し出す。
「土地の貸し出しと店の
経営に関わる書類が入っている。
後でこれに目を通して、サインしてほしい」
「分かりました」
頷き、それを受け取ると、
さらに彼女は鍵を手渡してきた。
「これは?」
「店の鍵だよ。
久しぶりに見に行ってくれないか。
掃除も滞っているから、
少しばかり店内の清掃をしてくれると助かるんだが」
軽く雑用を押しつけられてしまったが、
あの店は思い出の店だ。
久々に足を踏み入れたら、
思い起こすこともあるだろう。
「いいですよ、それじゃあまた」
「待ってくれ」
彼女が僕の服の袖を掴んだ。




