「だから、もう少し、少しだけでいいんだ。このままでいさせてほしい」
今さら、だなんて彼女は
また余計なことを考えてしまっているのだろう。
そんなことはないのに、
踏み出す勇気そのものが賞賛すべきものなんだ。
それを教えてくれたのはあなたでしょう?
だから僕も、本当のことをあなたに伝えるね。
隠し続けてきた僕の姿を、
あなたを恨んでいたことも包み隠さず話すと誓うよ。
だけれどそれは、もう少し待っていて。
「うーん、そうねえ。
今週末の土曜日はどうかしら?
その日なら予定が開いているし、丁度いいでしょう」
丁度いいとは仕事が休みだということを
指しているのかもしれないが、
彼女には店の定休日はあっても、
彼女自身の休みはほぼないので、あまり関係ない。
だから間に休憩を挟んでいるのだろう。
高校生の僕としては都合がいいけれども。
勿論、
彼女はおばさんの誘いを断ることはしなかった。
「はい、大丈夫です。
では、何時に伺えばいいですか?」
「それじゃあ、十時くらいかしらね」
徐徐に、彼女がおばさんとの会話に
慣れてきたと思う頃に通話が終了しようとしていた。
「分かりました。
それでは、今週の土曜日、
十時頃にお宅へ伺います。
ではまた」
なんだか、業務連絡の口調に聞こえてきた。
ピッ、という甲高い音と共に通話が終了すると、
彼女は腰を抜かしたようにへなへなと力なく、
地面に座り込んでしまった。
そのうえ、
呆然と黙って俯いているものだから、
心配になって彼女に駆け寄る。
「大丈夫ですか、立てますか?」
しかし、応答はなく、どうするか迷ったものの、
彼女を起き上がらせることにした。
「起こしてあげますから、腕、掴みますよ」
事後承諾で、彼女を引っ張り上げると、
引き上げた勢いで
彼女はふらふらと僕の方へ倒れ込んできた。
「!?」
背中に手を回すべきか悩んだ末に、
そっと両手で抱き留めた。
彼女が僕の肩に顔を埋めながら、
小さく呟いたから、一瞬焦りを感じてしまう。
しかし、その焦りは杞憂に終わる。
「緊張した。
今も不安で仕方ないよ。
透夜の死に向き合うのが、
受け入れることが、怖くて堪らないんだ。
だから、もう少し、少しだけでいいんだ。
このままでいさせてほしい」




