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僕の海馬を君に贈りたい  作者: ハイドランジア&シーク
【第五種「依存症」―僕のカウンセラー―】
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もう、やめてよ。

「――はい、浪川ですが」


 懐かしい人の声が耳に入った。


 鏡子おばさんの穏やかな声音が

 受話器から微かに漏れ出し、僕は胸を撫で下ろした。


 しかし、問題はここからで、

 胸を撫で下ろしている場合ではない

 ――と言っても、

 僕は奮起する彼女を傍で見守るだけで、何もしない。


 過去、彼女がそうしてきたように、

 一人で、自分自身でやり遂げることに意味がある。


 だからこそ僕は手を出さず、

 ただ待つだけなんだ。


「もしもし、久しくご無沙汰しております、

 由野です」


 名前を名乗るだけなのに、

 彼女はひどく緊張して、若干ではあるが、

 声が上擦っている。


 そこにいつもの毅然な彼女の姿はない。


 冷たく濁った汗が僕の頬を伝って、

 その汁が首筋に達した頃、

 おばさんからの返答が聞こえた。


「由野って……

 あら、もしかして、縁ちゃんなの?」


 おばさんは電話の主にいたく驚いたようで、

 驚嘆の音を上げた。


 その様子に彼女も身を正して、

 はっきりと答えたのだった。


「はい、そうです」


「そうなの、本当に久しぶりね。


 懐かしいわ」


 おばさんは彼女からの

 約八年ぶりの連絡にも機嫌を損ねた様子もなく、

 ただ心からその報せを喜んでいるようだった。


 それでも彼女はひたすら怯えるかの如く、

 謝罪の言葉を続けた。


「すみません。


 八年も連絡すらできなくて、

 透夜の通夜にも葬式にも出なかったのに、

 今さら連絡して、本当にすみません」


 後悔と自責の念に侵された

 謝罪の言葉ほど重くのし掛かるものはないだろ。


 もう、やめてよ。


 それ以上は誰も報われず、傷つくだけだから。


「そんな言葉はいいの」


 たった一言で、負の念が一掃された。


 代わりに、穏やかな、

 けれど芯のある声音が響きわたる。


「それよりも、

 大事な用があったんじゃないの?」


 それは、

 いつかの彼女が僕に言ったのと同じように、

 心を見透かす口調だった。


 お陰でようやく目的を思い出すことができ、

 ゆっくりと言葉を編み出していく。


「浪川さんのお宅に、

 伺わせていただきたいのですが、

 いつならご都合よろしいですか?」





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