己を知るのがね、怖いんだよ」
彼のことで知らない話は殆どないと思っていたのに、
知り得たのは縁さんの生い立ちや過去、
後悔と懺悔だけでなく、
僕の知らない一面を持つ彼だった。
「種」についての由縁が判明していないし、
それをどうして売り始めたのかも
明確にされていない。
その訳がやけに気になって、僕は言及する。
「じゃあ、どうして彼からもらった
『種』を売ろうとしたんですか?
彼の形見のようなものなんでしょう」
彼女は苦渋の表情を浮かべ、伏し目がちに答える。
「枯らして、しまいそうになったんだ。
『種』の影響については説明が記されていたし、
何より、枯らしたくなかった。
彼が最期に遺してくれたものを
失いたくはなかったんだよ。
『種』は心の成長を促すが、
それでも私の心はちっとも育たなかった。
だから、代わりに栄養を与えてもらおうと、
種を繁殖してもらおうと思って、始めた。
『種』の種類についても彼が明記してくれていて、
困らなかったよ。
そしてある日、心から『種』の養分、
肥料となるものが生まれることを知った。
それを『樹』の近くにやると、
それがはじけて『種』が一つ増えたんだ。
そうして私は『種』を増やす方法を見つけた。
ただ、私はただの一度も
その果実を口にしたことはない。
己を知るのがね、怖いんだよ」
「もう八年も前になるのに、ですか」
「えっ」
しまった、つい口を滑らせてしまった。
僕のことは知られてはいけないのに。
「いや、この前先生と深津さんが来たときに、
深津さんと縁さんが同い年だと聞きましたし、
先生の歳とその三人の関係を耳にしたので、
計算するとそれぐらいかなって……」
取り繕うと言い訳臭くなってしまったが、
縁さんはその答えで満足したようだ。




