僕がこれ以上あなたを嫌うようなことはない
どこか自嘲気味に嘆き、
彼女の目は不安そうに揺れていた。
「どうしたんですか?」
「気にするな、ただの独り言だよ。
その話をする前に一つ頼みがある」
突然、改まって物を言う
縁さんの雰囲気に呑まれそうになりながら、問い返した。
「何ですか?」
「この話を聴いた後でもどうか、
いきなりいなくならないでほしい。
嫌になったなら素直にそう言ってほしいんだ、
だから急に消えたりしないでくれ……」
いつになく弱々しさを帯びて、
ガラス越しの雨音にさえ
かき消されてしまいそうに微かな声音だった。
彼女の苦しみを理解することはできなくても、
その理由なら知っているはずだ。
それは僕と同じものだろう、詳細さえ、
違っていても大切な人を失うことは辛い。
だからこれ以上、失いたくはないのだと、
彼女はそう言っているんだろう。
僕の思惑なんて露知らずに。
僕は甘美な言葉で彼女の心を引き込み、
語らせようとする。
「はい。
僕はいきなりいなくなったりしません。
縁さんと一緒にいるのが好きですから。
それに、
お別れも告げずにいなくなったりするほど、
失礼な人間ではないつもりです。
だから大丈夫ですよ」
取り繕った言葉のはずなのに、
「好き」という言葉を口にしたら、胸がチクリと痛んだ。
彼女は僕の言葉で油断したように息を吐いているのに、
僕の心はまるで浮かばなかった。
「そうか……ありがとう。
今からする話は誰も救われなかった事実だ。
重くて、悲しい。
だから、覚悟して聴いてくれ」
腹を決めたのか、少しだけ声音が強くなった。
けれど同時に重苦しさも増した。
「はい」
本当に、「誰も救われなかった」話だ。
僕はその悲壮さを知っている。
大丈夫ですよ、縁さん。
僕がこれ以上あなたを嫌うようなことはないですよ。
だって、あなたの名前を聞いたときから、
僕はあなたが大嫌いでしたから。
僕の言葉を合図に、彼女は一息吐くと、
彼女自身であり、
「とうにい」もとい「浪川透夜」との過去を語り始めた。




