135/172
六月の蒸した時期に嗅ぐ、二月の凍る匂い。
幸せであることが苦痛だった
お姉さんが唯一遺したレシピ。
天然色素で薄い青に着色されたミルクレープ。
クリームは白色だった。
「いただき、ます……」
一口頬張ると、
微かな甘みと同時にサァーっとした刺激が鼻を突き抜けた。
それはまるで六月の蒸した時期に嗅ぐ、二月の凍る匂い。
舌を滑る生クリームと
クリームチーズはねっとりと酸味をもたらす。
ねぇ、お姉さん。
僕は今でも甘い物はそんなに得意じゃありません。
食べられるのは由野さんが作ってくれる
甘さ控えめなお菓子くらいです。
だけど、
「どんなに甘くても、
食べたいと思えたのは
お姉さんのクレープだけなんですよ……」
あの日の匂いが繰り返される。
蕩けるほどに甘くて、
噎せ返りそうだったお姉さんのクレープ。
だけど、ほんのちょっぴり
辛くて苦かったマサラ・チャイ。
――どうして平らげられたんだっけ?
「ぁ、ぁぁ……お姉さん…………!!」
脳裏に浮かぶ、柔らかな笑み、甘い声。
『好き』
ただそれだけだった。
もう戻らないあの日々を、
言えなかった後悔を繰り返さないでおこうと思っても、
結局僕は繰り返してしまうのだろう。
「佐藤……泣けるなら、好きなだけ泣くといい」
こうやって、
今も僕を慰めてくれる由野さんに思い初めたとしても。




