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僕の海馬を君に贈りたい  作者: ハイドランジア&シーク
【第四種「ミントの種」―死にたがりのパラドックス―】
121/172

「愛らしい濡れねずみさん」

 ☂☂☂☂


 あれは二年前の、中学二年生のときのことだった。


 学校からの帰り道、土砂降りの雨に打たれた僕は、

 視界に入ったキッチンカーの軒下に滑り込んだ。


 ずぶ濡れになって変色した制服を絞ると、

 ぼたぼたと大粒の水滴が落ちてくる。


「――あら、愛らしい濡れねずみさんね」


 そう笑いかけてくれたのは

 クレープ屋のお姉さんだった。


 彼女はキッチンカーの中から僕に呼びかけると、

 マロンクリーム色のふわふわな

 毛先を揺蕩わせながら、クレープを焼き始めた。


 根元から耳までの編み込みが可愛い。


「……愛らしいなんて言われる年頃でもないんですけど」


 中学三年になって、梅雨入りしたばかりのその日は、

 天気予報で晴れだと言っていたから

 傘一つ持たずに家を出てしまった。


 その結果がこのざまだ。


 首筋に張り付いた髪から

 水滴が背筋を伝って気持ち悪い。


 おまけに夏服に変えたばかりだったこともあって、

 半袖のカッターシャツが肌に張り付いていた。


 日本の梅雨という怪物は天気予報にも勝るらしい。


 ちょっと寒い。


「そうかしら?


 梅雨入りしたばっかりだっていうのに

 傘もカッパも持たずに出かけてしまうなんて、

 ドジっ子で愛らしいと思うけれど……」


「うぐ……」


 それを言われたら返す言葉もない。


 お姉さんはふんふんふんと軽やかに鼻歌を歌って、

 焼けたクレープ生地を鉄板から外していく。


 その手付きは見ているだけで胸が弾むものだった。


「それに、愛らしいのはいいことじゃない。


 それってね、

 一目見ただけで相手を心地好い

 気持ちにさせられるってことなのよ。


 すごく、素敵なことだと思うわ」


 ふふと静かに微笑む声がなんだかくすぐったい。


 お姉さんの視線は手元に向いていて、

 直接僕を見ていたわけではないけど、

 僕のことを見つめてくれているように思えた。


「それを言うならお姉さんの方が……」

 と言いかけた口を押さえて、胸の奥に仕舞い込んだ。


「可愛い」なんて言葉は

 軽はずみに使うべきものじゃないし、

 初対面の、

 それも年上の女性に言うのはもっと憚られたから。


「それよりもあなた、服も髪もびしょびしょよ。


 タオルを貸してあげるから、

 ちゃんと拭いていきなさい」


 そう言って、

 お姉さんは僕に椅子に腰かけるよう勧めてきた。


「……ありがとうございます」


 僕はタオルを受け取ると、それを頭に被せて、

 髪に染み込んだ水気を拭き取っていく。


「タオルはちゃんと返してね」



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