一杯のミルクティーと優しい手のひら
精神病の中で一番分かりにくく、
隠れ患者も多い「心身病」。
身体が支障をきたしても、
検査では異常なしというものの、
別に何でもないと放っておく場合が多いよう。
しかし、この精神病は現代人の
ほとんどの人が抱えている病かもしれない。
また、「疲れ」というものは
あるのが普通ではないのである。
ある梅雨の日。
雨に打たれ、自転車で転倒し、
散々な目に遭ってそれだけで絶望しそうになった
僕に差し出されたのは、
一杯のミルクティーと優しい手のひらだった。
それが僕にはひどく嬉しくて、神様の手みたいに思えた。
「――クレープを店で出してほしい?」
「はい!」
梅雨入りしたばかりで店内もじとつく今日この頃、
店長兼調理担当である由野さんは、
僕に新メニューの発案を要求してきた。
だからこその発言だったのだけど、
どうやら由野さんのお気には召さなかったらしい。
「うーん……別に悪いとは言わないが、
あまり良案とも思えないな」
と、顎の下に手を添えて
考え込む素振りを見せる由野さんは凛々しく見えた。
ショートボブに切り揃えられた黒髪はさらさらと、
淡くピンク味を帯びた白い肌はきめ細やかで滑らかに、
つり目がちのシャープな切れ長の目と
その下のほくろは妖艶に。
ギャルソン服に身を包んだ由野さんは
中性的な幽玄美を体現している。
それ故に、
この店に訪れる客は女性が多いのかもしれない。
――と、今は見とれている場合じゃなかった。
「そ、そんなことないです!
クレープ美味しいし、女性に人気じゃないですか」
「ああ、十代の喧しい女子にな」
「いえ、それは多分
落ち着いて食べられる店が少ないからで……」
「それにクレープは手間がかかる上に、
出来立てを出さなければならないという
制約が付き纏う。
注文の度に焼くのでは
君がいないときは提供できない。
これでは君に迷惑が掛かりすぎる」
「で、でも、冷やして食べるタイプにしたら
その問題はないと思います!」
「……そもそも、
クレープは種類が多いのが売りだろう。
私はそれほどクレープに余力は割くつもりはない」
「そ、そこはほら!
日替わり三種とかにしたら
限定っぽくていいじゃないですか!
心の種の実とか使えば……」
「……はぁ、なんだ佐藤。
心の種からできた果実を
惜しげもなく使えというのか?」
その気怠げな顔つきに僕はドキリとした。
半分ほど伏せられた目に長い睫毛がかかって、
色っぽく見えたから。
そんな僕の思考など知る由もない由野さんは、
額に手を当てながら反対意見を続ける。
「それにだ、
売れる見込みがないのに用意するのはリスキーすぎる。
――なあ佐藤。
どうしてそこまでクレープにこだわるんだ?
君はそもそも菓子類が
あまり得意ではないと言っていたはずだが……」
曖昧ながらも的を射た指摘をする
由野さんに負けを認め、僕は小さく息を吐きだした。
「…………クレープは、特別なんです」
そう言って、僕は語りだした。
あの雨の日の、優しくて温かい出逢いを。




