無自覚
「そうだよ。
だから、この時期にしっかり頑張れば、
これからも勉強で躓く確率はぐっと下がるから、
頑張ろうな。
先に言っておいてさえくれれば、
古典かある程度、文系のものなら教えてやれるからな」
頭をくしゃっとかき回される。
こういう人との距離の掴み方が上手いところとか、
真摯に向き合ってくれるところが
ツボなんだろうなと思った。
彼はいい人そうに見えるけれど、
笑顔が綺麗すぎるから、
その実、本性が見えてこない。
ただ、子どもの僕に言えることは、
彼は「いい先生」だということだ。
自分の弱みを決して見せず、しっかり生徒を見てくれる。
それ以上を望むのは傲慢だろう、
プライベートに口を出すのはお門違いだ。
だから、それを知る必要もない。
僕は辻川先生に、生徒として甘え、教育してもらうだけだ。
「はい、そのときは聞きに行かせてもらいますね」
先生は急に僕をじっと見つめ始めた。
何だろう、僕は何かおかしなことでも言っただろうか。
「佐藤、変わったな。
すごく明るくて、いい表情するようになった」
またそうやって、先生は意味もなく、他人を褒める。
計算しているなら、こんなことは言わないだろう。
きっと無自覚だから余計にタチが悪い。
こうやって、人に好かれているのだと思う。
「そうですかね、だったら嬉しいです」
そうだとしてもここは、
素直に受け取っておくべきだと思った。
その直後、
文化祭の準備作業や買い出しにとりかかった。
文化祭まであと二週間ほど。
九月二十八日、彼女が前回、
店を訪れてから約一ヶ月と
三週間後に彼女は再び店を訪れた。
それ自体は悪くないけれど、
彼女はどこか思い悩んでいるような
面持ちで店にやってきたんだ。
「どうなされましたか、一条灯さん」
彼女は由野さんの言葉にひどく驚かされたようで、
口元を軽く押さえながら、どうして、と言った。




