閑話・王都で流行の演劇
「お父・・・エルベシオン陛下、ありがとう存じます。わたくし、この演劇をとても楽しみにしていましたわ。この演劇はディー叔母様とベル叔父様のことを元に作られているのですね」
「公務ではないのだから”お父様”で問題ないよシュリ、かなり脚色されてはいるがこの演目は二人の事を元に作られたと聞いている」
「どんなに素敵な物語になっているのでしょうか、お二人の仲が良いのは有名ですものね。本当は直接ご本人たちからお話を伺いたかったけれど、ディー叔母様ったら”そんなことあったかしらね?”なんてはぐらかして教えて下さいませんの。酷いと思いません?」
・・・本当に忘れている可能性があるけど、娘が楽しそうにしているのに水を差すこともないだろう。
「真実はディーとベルト公爵二人だけの中にある宝物なのかもしれない、それを無理に聞きださなくてもいいんじゃないかな。それに分からない方が色々想像できて楽しくないかい」
「そうかもしれませんわね」
真実はとても公開できない内容だが、この演劇は対外向けに我々がねつ造した内容を元に無難に脚色してあると報告を受けてはいる。
細かくは聞かなかったが、あれがいったいどんな話になっているのかは一寸だけ私も興味がある。
「お父様?」
ニタリと意地の悪い笑みを浮かべた私を娘が見上げてくる。
「なんでもないよ。行こうかシュリ」
(第一幕・公爵と王女の出会い)
「皆が私の顔を見て逃げていく。私が何をしたというのだ。この顔は生まれつきだというのに」
ご令嬢たちは公爵様の内面を見ようともせずに、その恐ろしい顔を見ただけで離れていきます。
そんな公爵様は今日も一人ぼっちで会場の隅にある椅子に座り、ワインを一気に飲み干します。
そこは彼にとっての定位置でした。
「いかに武功を上げようとも、外交で成果を上げようとも、この顔が私からすべてを奪う。なぜなのだ」
悲しいことに公爵様の呟きは誰にも届きません。
公爵様が五杯目のグラスに手を伸ばそうとしたその時
「恐れ入りますが、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
公爵様が声がした方へと視線を向けると、そこには一人の少女が笑顔で立っていました。
「ああ、かまわない・・・」
公爵様は普段話しかけられることがない女性からの問いかけに、戸惑いつつ答えを返します。
彼女の容姿は別段美しいというわけではないのですが、なぜか公爵様はとても美しいと思いました。
「失礼致します」
彼女はそう言って公爵様の向かい側に座り微笑みました。
「わたくしはアフロディーテ・グランケルトと申します」
彼女はグランケルト王国の第三王女でした。
乳母以外に微笑まれたことがない公爵様の心は激しく高鳴ります。
「私は公爵位を授かるベルト・グランシェンと申します」
「まあ、やっぱり。本当にお噂通りの方ですのね」
(第三王女は公式行事などに参加するのはたしかこれが最初のはず。私の噂を聞いて怖い物見たさでやって来たと言うことか?)
「どのようなお噂でしょうか?少し前に聞いた話では、東方の魔神や鬼神の類いだと」
「その通りですわね」
(ああ、やはり私の悪評を聞いて興味を持っただけか・・・私は何を浮かれていたのだろう。私に普通に話しかけてくる女性がいるなどあり得ない話なのに)
色々と諦めていた公爵様はその言葉に落胆しましたが、続いて発せられた言葉に驚きます。
「東方に伝わる阿修羅や夜叉のように鋭い目に激しいお顔立ち、そして服の上からでも分かるたくましいお体、とても格好いいです」
この出会いが二人の恋の始まりでした。
そして月日が流れ・・・
「アフロディーテ様、このような場所にいらっしゃったのですね。春とはいえまだ外は少し冷えますし、会場に戻りませんか?」
公爵様はいつもなら定位置で落ち合うはずの王女様が今日はなかなか現れないのであちこちを探し回り、この中庭の東屋で彼女を見つけました。
王女様は公爵様の問いかけには答えずゆっくりと立ち上がり、東屋から一歩踏み出しました。
月明かりが王女様のお姿を照らし出します。
公爵様はそのいつもとは違う大人っぽい衣装に息をのみます。
「ベルト公爵様」
王女様の強い意志がこもった瞳が公爵様を捉えます。
「女のみでありながらこのようなことを申す事は、はしたないと理解してはいますけど・・・ベルト公爵様、貴男が好きです。どうかわたくしと婚約してはいただけませんか?」
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「ディー叔母様って、こんなにも情熱的でしたのね」
アフロディーテはこの時五歳だから役者が大きすぎだな。まあ、ここで本当に子役を使ったら、この演劇がいきなり犯罪っぽくなるが・・・
(第二幕・別れ)
「すまぬ、力なき父を許してくれアフロディーテ、そなたにはコルトの王の婚約者としてあちらに滞在してもらうことになる。今の国内情勢では、理由もなくコルト王国を支援すれば貴族たちの反感を抑えられぬ」
「いいえ、お気になさらないで下さいませ。コルトの王と真に結婚するわけではないのです。これもお国のため。それにベルト公爵様も待っていて下さると約束して下さいました。だから大丈夫です」
場面が変わり王女の出発の日
「アフロディーテ、なるべく早く国内をまとめてあなたを迎えに行きます」
「ベルト公爵様」
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「お爺様も公爵様も叔母様もとても辛かったのですね」
いやいや、この時対応したのは事務官で父はおそらく後宮でヒャッハーしてたと思うよ。
それと、妹と公爵の別れだけど、この時公爵は北の蛮族を蹂躙してたね。
(第三幕・騎士)
「アフロディーテ王女を渡せば見逃してやるぞ!」
「おのれ卑劣な反乱者どもめ!我ら近衛騎士、この身に変えてもアフロディーテ様は守り抜いてみせる」
激しい剣戟が響きわたります。
精鋭の近衛騎士たちも襲撃者たちの数に押されて一人、また一人と倒れていきます。
「おのれ、ここは我らが時間を稼ぐ。第三隊はアフロディーテ様と共に先に行け」
隊長の命令が響き、即座に御者は馬にムチを打ち数名の騎士が周囲を固めます。
「逃がすな!追え!」
「させぬ!」
この後、更に盗賊の襲撃を受け、王宮に着いたときには近衛騎士たちは皆敵の刃に倒れ、唯一王女付の侍女が剣を持って王女を守っていました。
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「近衛騎士とはこのように心も体も強い方々なのですね!」
娘のシュリは役者の大立ち回りに感激しているけれど、流石にこれは無い。
騎士と侍女は妹を置いて逃げ出したのに、これは許せぬ!
それに妹なら一人で殲滅出来たんじゃないかな。
(第四幕・王宮での暮らし)
「アフロディーテ王女よ、道中では大変な苦労をかけてしまいすまなかった。疲れたであろう、詳しい話や挨拶などはぬきにして、取り敢えずは離宮に部屋を用意しているのでゆるりと休まれよ」
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「この人が今のコルト公爵ですわよね?でもディー叔母様は”ほとんど面識のない方”と仰っておられたのですけど、どうしてなのかしら?」
彼は王女だって気づかなかったし、そもそもこの時は出迎えどころか対面すら果たしていないはず。
それに最初は離宮じゃなくて使用人部屋に案内したよね。
(第五幕・王宮襲撃)
「アフロディーテ様、ここにお隠れ下さい」
「ここは?」
「この地下倉庫は一旦閉じれば外からは分かりづらく、もし見つかったとしてもこの重量の石扉を開けるのには時間がかかります。さあ中へ」
王女は倉庫への階段を降ります。
「貴方も早く・・・」
途中で侍女の気配がないことに気づき、王女は後ろを振り返ります。
「この石扉は中からは閉じられないのです。どうかご無事で」
侍女の瞳が一瞬王女と交わり、そして石扉によって黒く塗りつぶされます。
「・・・」
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「この侍女の忠誠心は尊いですわ」
待った!!
妹は強化魔法で簡単に石扉を開けられたらしいし、そもそも侍女なんていなかったでしょ!
それにその日はワインで酔っ払って地下室で寝ていたから、襲撃があったことすら知らないって言ってたよ。
(第六幕・再会)
「アフロディーテ」
「ベルト公爵様」
コルトの王は二人の邪魔にならないようにそっと部屋を後にします。
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「ディー叔母様・・・よかった、本当に良かった、グスン」
・・・事実と違いすぎて辛い。
(第七幕・戦い)
「敵は私がすべて打ち砕いてまいります。ディーは私が戻ってくる目印として本陣でこの旗を守っていて下さい」
「ベルト様・・・ベルト様に神々のご加護がありますように」
王女は膝をつき、かしずいている公爵様の頬にそっと口づける。
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「きゃー、きゃーっ」
娘の押し殺したような悲鳴を聞きながら考える。
現実とはどこにあるのだろうかと・・・
そもそも本陣で指揮をしていたのは公爵の側近のハイデマリン子爵であり、妹と公爵は少数で敵陣に突っ込んで暴れ回ったはずだよね。
(最終幕・誓い)
カランコロン、カランコロン
「ああ、私だけの美の女神よ。たとえ死が二人を分かつとも、永遠に貴女を守り続けることを誓おう」
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「わたくしも叔母様みたいに素晴らしい恋をしてみたいわ」
やっと終わった・・・幼い娘にこの後どう説明すれば良いだろうか?
喜んでいる娘には悪いがこの演劇は真実とかけ離れている。
まあ侍女だけは娼館から回収して両親の元に送り返したので今も生きているはずだが、アフロディーテの護衛に付いていた近衛騎士とうちの護衛騎士は死亡が確認されているので人の生き死にだけ見れば概ね合っているのか?
それはさておき取り敢えずはこの演劇は公開中止にしよう。
色々とあり得ないほどに美化されすぎていて、これが真実であるかのように語られては困る。
それに私の活躍が一つも出てこないではないか!
この演劇は翌日には公開中止となり、この演劇の内容を調査報告してきた事務官は降格されました。
そしてアフロディーテたちは・・・
「やはり運動後の骨付き肉は格別ですねベルト様」
「そうだなディー、デザートにはスイカを用意しているぞ」
特に変わりなかったそうです。




