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あの常盤家主催のパーティーが土曜だったため、日曜はゆっくり休めた。
爆睡だ。
二日続けての安眠に、私は自分の図太さを渋々ながらも受け入れた。
とは言うものの、あのパーティーでの衝撃はかなりのものだったようで、あんなにも寝たのに、何だか疲れが取れないわ。
でも、世間はそんな哀れな少女に、決して優しくはないのである。
「桜子様、常磐家のご子息とダンスをなさったのですよね?」
円香さんの、夢見るような顔から飛び出たその言葉、に思わず給食をつついていた箸が止まる。
きゃー! と食堂で一緒にテーブルを囲むグループのご令嬢達から歓声が上がった。
「まぁ、常盤家の方と?3組の流様ですか?」
「嫌だわ、若菜さん。星野宮の桜子様よ?分家の方なわけないじゃない。柊生様よ!」
「まぁ、柊生様と!お羨ましいわ」
「常盤家の柊生様といえば、あまり女性とお関わり合いになられない方、とお聞きしてますのに。一緒に踊られるなんて、さすがは桜子様ですわ!」
「そう言えば、桜子様は京極家の紫苑様ともお親しいとか」
「え、紫苑様ともお話されたんですか!」
「紫苑様!」
京極紫苑の名前に、またキャーと黄色い声が上がる。
やーめーてー!騒がないで!
一気に煩くなったからか、内容のせいか、視線がチラチラ向けられるのも感じる。
て、それはそうだ。
星野宮家長女がいる女子グループで、あの京極家と常磐家の次期跡取りの名前が出ているわけで。
いくらお昼休みのガールズトークとは言え、今後の動き次第では、自分たちの将
来に影響を及ぼすかもしれない情報。
気になりますよねー。
でもね、違うから。まったくのデマだから!
あ、いや、踊ったのは本当だけど、でも、信じないで!
「みなさん」
グッと、お腹の底に力を入れた声は良く響いて、みんなが口を噤んで一斉に私を見た。
って、一様に目がキラキラ輝いてるよ!
これは明らかに恋バナとやらを期待されている。
めくるめく乙女なロマンスを求められてる。
だがしかし、今から話す内容に、そんな要素は欠片もないのだ。
お許しあそばせ。
「あのね、残念だけれど私、常磐様とはそうお親しくはないの。この前も、初めてお話したくらいなのよ」
「え、でも……ダンスを一緒に踊られたんですよね?」
「それは、たまたまダンスのタイミングでお話しただけ。完全に話の流れよ。流れ」
ご謙遜を、と言うみんなの期待を、取りつく島なくバッサリ切り捨てる。
そんな私のキッパリとした様子に、特に残念そうな顔をするのは円香さん。
ごめんね。
ちなみに、流のこと云々は伏せさせていただく。
そっちを出したら出したで、面倒が降りかかるからね。
流に。
というわけで、曖昧に濁すといらぬ想像を掻き立てちゃうから、嘘にならない範
囲で完全に否定してみたんですが、いかがでしょうか。
「……では、紫苑様とは?親しくお話になっていらっしゃったと、お聞きしましたわ」
「あら、紫苑様とはご挨拶しただけよ。お兄様の付き添いで」
「まぁ、春雪様の……。桜子様、本当ですか?」
「えぇ。本当に。添え物のパセリ並みの会話しかしてないの、残念だけれど」
あれ~、おかしいなぁ、とでも言うように、首を傾げる円香さん。
もしかして、ご出席されていた宮下家のご両親からお聞きしたんですか?
それは星野宮の繁栄=利益となるご両親の贔屓目によるものです!
桃色どころか灰色曇天な内容に、あからさまにガッカリ顔のみんな。
ここでもう一押しを、と思う私は鬼畜?
まぁ命が懸かってるし、するけどね!
「実は、京極様も常磐様も素晴らし過ぎて、未熟な私では少し、気遅れしてしまうの。お近づきになろうなんて、夢にも思わないわ。」
「えぇっそんな!桜子様ほど素晴らしい方が気遅れなんて!」
「そうですわ!桜子様なら京極様だって……」
私の気遅れ発言に対して、口ぐちに言い募るご令嬢たちを、片手を上げて制す。
ピタッと、口を噤んだ彼女たちに、私は自分至上最大限の柔らかさを意識して、微笑みかけた。
「私、緊張で頭が真っ白になってしまうお相手とダンスを踊るよりも、こうして仲良しのお友達と、楽しくお話しをする時間のほうが好きだわ」
たとえ、中には打算が入り混じってるとしても、命の危険がないのだから断然楽しい。
それに、少しずつ仲良くなっていけばいいしね!
「だから、これからも楽しくお喋りしましょうね」
「えぇ、もちろんですわ桜子様!」
「桜子様とお親しくできて嬉しいです!」
私の仲良し発言に、きゃいきゃいと盛り上がる私たちのグループ。
そんな私たちの会話は、先ほどから耳を済ませる周りのご子息・ご令嬢達にもばっちり聞こえた事だろう。
ふっふっふっ読み通り。
他クラスの方たち、私達は大名とその付き人じゃないのよ。
オトモダチだものね、みなさん。
参覲交代なんて、もう言わせない。
京極?常盤?眼中になくってよ!
思わず、オーホッホッホッホと悪役令嬢、星野宮桜子お得意の高笑いしそうになって、堪える。
ダメよ私。
現実にそれをやったら、安っぽい、キワモノお笑い芸人になってしまう。
没落した後の就職先としてはアリかもしれないけど、今は論外だ。
高笑いの衝動を堪えながら、ふっと視線をズラせば、円香さん越しに、他のテーブルの流と目があった。
ちょっと困ったように微笑まれる。
うん?と微かに首を傾げれば、流は、何でもない、と言う風に首を横に振った。
え、なになに。
学校終わりに隙を見計らって、廊下で流に声をかけた。
「流、さっき食堂でどうされたの?」
「あー、いや。んー、なんか申し訳ないことしたなって。」
「え?」
「柊生とのダンスを勧めたの僕だから。まさかあんなに騒がれるとは思わなくて。ごめんね、桜子。」
流が珍しく微笑みなしに、申し訳なさそうに言う。
あのパーティーで気づいて欲しかった。
でも、なんだかんだ、流はまだたった九歳児だったと思い出す。
大人びてるから、つい忘れがちだけど、普通、小学三年生がそこまで気を回せたら怖いよね。
こうやって謝罪出来ることもそもそも凄い事だと思う。
西野美優や旧桜子の時の九歳は絶対にもっと子供で自分勝手だったと思うし。
「気にしないで。流はあの時、良かれと思ってしてくれたんだもの。その気持ちは嬉しいわ」
「……うん、ごめんね」
「もう謝らないで。もし気が済まないなら、今週の日曜に私の家に来て遊びに付き合ってちょうだい。それで、このお話はお終いよ」
「うん、分かった。ふふ、チェスでコテンパンにされればいいの?」
「もちろん。今度こそ、流を泣かすまでやるわ!」
「うーん、難しいと思うな。負けて泣くのは桜子くらい……」
「泣かすわ!」
「あー、うん。そう、だね?」
流お得意の、曖昧で困ったような笑みに、私は満足して大きく頷いた。
「じゃぁ桜子、また明日学校でね。」
「えぇ、また明日。お気をつけて。」
流とはそのまま別れてそれぞれ家の車で帰宅。
部屋に入ってカバンを置いて、何か考える時お決まりの勉強机に座った。
今日あった事を思い出す。
あのパーティーのことも。
常盤柊生とのダンス。
ミニサイズだった王子様、京極紫苑の姿。
そして、
『星野宮の令嬢たるもの、その全てを懸けて、星野宮家繁栄の足がかりになるよう、努めなさい。』
鋭い声が頭の中で響く。
一筋の乱れもない髪と、ピッシリと着付けられた付け下げ。
時代錯誤な星野宮の輝夜姫様が、最後に再生された。
「…………」
うーん、頑張っているつもりだったけど、まだちょっと甘かったかも。
このままじゃぁ、老衰どころか成人式すら、迎えられる気がしない。
私はもっと頑張ることに決めた。




