その後の有田君
噛み付くように話し続ける私に恐れをなしたのか、ちょっと仰け反ったまま一生懸命頷いていた有田君。
何故か途中から前のめりになってきた。
え、近い。
なんで目をキラキラさせてるの?
あれから1ヶ月。
事情を知った有田君が上手くフォローしてくれたおかげで、私は体調を心配されながらも何とか会社に復帰出来た。
朝起きて、会社でバリバリ働いて、帰ってきたらテレビを見たり家事をしたり、ゆっくりお風呂に入ったり…ごくごく普通に毎日が過ぎて行く。
それでもやっぱり、変わった事は幾つかあって、私はまず、ユニットバスの扉を怖くて閉められなくなった。一人暮らしだから別にそれでも困らないけど、人には言えない悲しい癖だ。
そして、一週間は暮らせる食料と電気ポット、調味料一式にサバイバル用品という、お風呂に絶対必要ないものを沢山置くようになった。
これは、用心のためでもあり、毎週使う必需品でもある。
そう、一番変わったのは、毎週土・日、わざわざ異世界に行くようになった事。
私じゃない、有田君が。
どうやら異世界というふぁんたじぃな世界に憧れていたらしい有田君は、私の話を聞くと、泣きながら止める私を振り切って扉の向こうに行ってしまったんだ。
また異世界に繋がるとも、それが同じ場所だとも限らないのに。
1分で戻るという言葉を信じ、1分後に扉を開けてみると、少年のようにピカピカの笑顔の彼がいた。
「すげぇ!マジだった!!太陽3つある!すげぇ!リアル異世界!」
語彙も完全に少年レベルだった…。
それから毎週、有田君はちょっとした異世界旅行目当てに私の家を訪れる。
どこで見つけてくるのか、私が好きそうなアロマキャンドルやらバスオイルやら、ハーブティーやら…小洒落た手土産を持って。
今日もそろそろ玄関のチャイムが鳴る時間。異世界に一泊してみたいって言ってたから、おにぎりくらいは作ってあげようかな。
あんなに怖かった異世界は、有田君が話すと夢のように楽しい、冒険に溢れた場所になる。
まぁ、もう行く気はしないけど。
あ、玄関のチャイムが鳴った!
パタパタと、慌てて玄関へ走る。
きっとこの扉の向こうには、楽しげな笑顔があるんだろう。