そういうところはお姫様の得な部分だよね
時とは案外早く過ぎるものであり、あっという間に紫桜帝が主催となる後雨宮肝試し大会が行われる日となった。
帝主催ということもあり、多くの貴族が参加することとなり、普段は人のいない寂れた廃宮も今日ばかりは今までにないほどの賑わいを見せていた。
後宮の一角、此花桜にてーーーーー。
「いよいよだね、時雨!」
「……宮、興奮しすぎです。」
顔を輝かせ、ずいっと顔を近づけてくる主に時雨はうっとおしげな視線を向けた。
「だって、そりゃあ興奮するじゃない!私、一度でいいから幽霊とか、会ってみたかったんだよ!」
「幽霊が出るとは決まっていないはずです、宮。」
「でも、女官に聞いたら、後雨宮には昔から『幽霊が出る』っていう噂があるんだって。これで期待するなっていう方がおかしいよ!」
「宮、忘れたんですか?変態宮様の話。」
相変わらず中務卿宮には辛口な時雨であった。
「忘れてはいないよ。後雨宮で行方不明者が出てるって話でしょ?でも、だからって怯えているだけで面白そうな催しを楽しまないなんて勿体ないじゃない?」
無邪気な笑みで緊張感のないことを言う主の様子を時雨はじっとりとした眼差しで見上げた。
「……もういいです。宮が馬鹿なのは今に始まったことじゃないです。」
「ええっ!?酷くないっ!?」
「うるさいです宮。さっさと行きますよ。」
「え、ちょっとまってよ時雨〜。」
一人でスタスタと歩き出す時雨を見て月影宮は慌ててそのあとを追った。
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場所は変わり、後雨宮ーーーー。
後雨宮は現在、後宮の北側とつながっており、普段は使われていないために通路がふさがれているが、今日ばかりは警備の門番が立ち、あたりに目を光らせていた。
と、そこへ一人の少年がやって来た。
少し複雑に結い上げられた、といたらかなり長いのではないかと思われる艶やかな黒髪。
長い睫毛に縁取られた、翠玉の瞳に雪のように白く、滑らかな肌。
身長は一般より少し低いぐらいで体つきはまるで少女のように華奢だ。
顔立ちも、身につけているものが一目で上等とわかる狩衣姿でなければ女の子と間違えられても不思議ではないほどに中性的で恐ろしく整っている。
少年の後ろには十歳ほどの、黒髪に瑠璃色の瞳をした愛らしい女童が付き従うように立っている。
門番たちはその少年らを見てサッと居住まいを正した。
「ようこそおいでくださいました、白夜殿!」
それに対し、少年はニッコリと穏やかな微笑みを返した。
「君たちもお疲れ様。もしかして、もうきもだめし、始まっちゃった?」
「いえ、まだ時間があります。」
「そう、よかった。」
白夜、と呼ばれた少年は後ろの女童の方を振り返り軽く手招きをする。
「それじゃあ行こうか、雲雀。」
「……はい。」
年に似合わない無表情で返す少女の手を引き、白夜は門をくぐった。
そしてしばらく進んだところで立ち止まり、いたずらっぽい笑みで女童の方へ再度振り返った。
「ふふっ。やっぱり気がつかないね、時雨。」
「……気づかれても困ります、宮」
楽しげな主人とは対照的に女童……時雨は無表情を返した。
「まぁ、バレるわけないよ。だって、みんなわたしの顔なんて知らないもの。そういうところはお姫様の得な部分だよね。」
そう言って白夜……こと月影宮はクスリと笑ったーーーーー。