しろい部屋と、ちいさな数字の迷子
1月 6日
きょうは、 病院の 日だった。
ミラー先生の いる、 しろい 部屋。
先生は いつもみたいに やさしく わらっていたけれど、 目は とても かなしそうだった。
先生が、 一枚の 白い 紙と えんぴつを おいた。
「ガイくん。 かんたんな 計算を してみようか。 100から、 7を ひいてごらん」
100。 ひく、 7。
むかしの 僕なら、 まばたきを する あいだに 「93」 と 書けただろう。
大学の 黒板に、 もっと 大きくて むずかしい 数式を たくさん 書いたのを おぼえている。
でも、 今の 僕の 頭のなかでは、 「100」 という 数字と 「7」 という 数字が、 ただの 線の あつまりにしか 見えなくなっていた。
いくら 考えても、 数字が 頭のなかで くるくる まわって、 すり抜けていってしまう。
「……わからないです」
僕が えんぴつを おくと、 先生は すこし うなずいて、
「じゃあ、 5 たす 3 は わかるかい?」 と きいた。
ご。 さん。
僕は じぶんの 大きくて 白い 手を 見た。
指を おって かぞえようと した。
でも、 指が 何本 まがったのか、 途中で(とちゅうで) わからなく なってしまう。
5の つぎは、 何だったっけ。
3の なかには、 いくつ 数字が 入っているんだっけ。
あたまの おくが、 じりじりと 熱く(あつく)なる。
二十四歳の 賢かった(かしこかった) 僕が、 頭のなかの 檻のなかで 大声で 泣きながら 正解を 叫んでいる 気がする。
答えは 「8」 だ。 「8」 に 決まっている。
なのに、 その 叫び声が 僕の 口まで とどかない。 えんぴつを 持つ 手まで うごかない。
「……ごめんなさい。 それも、 もう できないや」
僕が へらへらと 笑おうとしたら、 ミラー先生が きゅうに 僕の 肩に 顔を うずめて、 泣いてしまった。
先生の なみだが、 僕の 服を つめたく 濡らした。
どうして 先生が 泣いているのか、 今の 僕には 半分しか わからなくて、 ただ 先生の せなかを 大きな 手で ぽんぽんと たたいた。
パンやに 帰ると、 ギルバートさんが あたたかい スープを くれた。
スプーンを 持つのは、 まだ じょうずに できる。
でも、 日記を 書く 文字が、 どんどん みみずみたいに 曲がって(まがって)いく。
あしたは、 「1」 という 数字の意味が わかるだろうか。
おやすみなさい。




