桜の回廊と、最年長の新人(ルーキー)
4月 6日
キャンパスを彩る桜が、今の僕には「散りゆく細胞の残光」のように見える。
今日、僕は正式に大学の門を潜った。三十五歳の新人。入学式に並ぶ十八歳の若者たちの群れの中で、僕の肉体は明らかに異物だった。だが、僕の内側にある「二十四歳の知性」は、彼らの未熟な熱気と、大学という組織が持つ巨大な知の集積に、静かな興奮を覚えていた。
かつて、六歳の知能だった僕にとって、大学は「頭の良い人たちが行く、遠い宇宙のような場所」だった。
それが今、僕の手の届く場所にある。
式典の間、学長の退屈な祝辞を聞きながら、僕は自分がここにいる意味を反芻していた。学位を得るための四年間を、僕の脳は待ってくれない。だから僕は、特例として複数の研究室への出入りを許可させ、最短距離で「知の極致」へ至るためのカリキュラムを自ら構築した。
「あの、ガイさん……ですよね?」
声をかけてきたのは、塾で一緒だった佐藤君だった。彼は同じ大学の工学部に合格していた。
「入学、おめでとう。同じキャンパスに立てて嬉しいよ」
僕がそう言うと、彼は照れくさそうに笑い、「ガイさん、なんだか……以前よりずっと『お兄さん』に見えますね」と言った。
十八歳の彼から見れば、三十五歳の僕は父親に近い年齢のはずだ。だが、今の僕が放つ雰囲気は、経験を積んだ「二十四歳の青年」のそれなのだと、彼の言葉が教えてくれた。
昼間は大学で講義を受け、図書館に籠って論文を渉猟する。
夕方からはパン屋に戻り、ギルバートさんと共にオーブンの前に立つ。
「大学生の焼くパンなんて、インテリ臭くて食えねえな」
ギルバートさんは毒づきながらも、僕が持ってきた新しい酵母の管理法を、熱心にノートに書き留めている。
大学の講義で語られる「理論」と、厨房で漂う「パンの匂い」。
この二つの世界を繋ぐ架け橋になれるのは、世界中で僕一人だけだ。
この一年間の安定期を使い、僕は「パンの科学」と「脳の化学」を統合した、僕自身の集大成を形にするつもりだ。
夜、自分の部屋で大学の学生証を見つめる。
写真の中の僕は、穏やかだが、どこか「終わり」を悟ったような目をしている。
桜が散る前に、僕はどれだけの知識をこの脳という器に注ぎ込めるだろうか。
僕の大学生活は、砂時計の落ちる音と共に、今、静かに幕を開けた。




