第61話 俺は、綾瀬先輩の父親と話す。
「待たせたね」
典史さんが、お菓子とアイスティーを乗せたお盆を、俺の前に置く。
そして典史さんは俺の向かいに座った後、自己紹介をする。
「改めて。ぼくは綾瀬典史。
健一郎くんの隣に座ってる、君のカノジョの桔梗の父親だ」
「初めまして。伊良湖健一郎です。
世界的に有名なレーシングライダーかつレーシングドライバーとお会いできて、光栄です」
俺が挨拶すると、典史さんが微笑む。
「むしろこちらのほうが光栄に思ってるよ。
君みたいなライダー兼ドライバーに会えるなんて、夢にも思わなかったよ」
典史さんからそんなことを言われて、俺は少し焦る。
しかし、"ライダー兼ドライバー"と言ったってことは、あのことも知っているということか。
「桔梗さんから、私が今、あなたの最推しのライダーだと、お聞きしました」
「ああ、そうなんだよ。
君の他を寄せ付けない走りが、ぼくは好きでね」
典史さんが、上機嫌に話す。
典史さんは、しばらく俺のどこどこがよくってぇ~~~~、みたいな話をした後、急に神妙な顔つきになる。
「しかし、君の生みの両親が、まさかあの事故で亡くなるなんてね。
モータースポーツ界にとって、大きな損失だ」
典史さんが、悔しさをにじませる。
「そう、ですね」
俺は、そう答えることしかできない。
「そういえば、君は伊良湖という名字になっていたんだったな。
全日本のエントリーリスト見たとき、一瞬わからなかったよ。
もしかして、君は今は、元GPレーサーの伊良湖巌のところで暮らしているのかい?」
俺は典史さんからの質問に、正直に答えるかどうか迷う。
ここで正直に答えると、あとあと何か不利益を被る可能も否定できない。
例えば、俺の父に圧力かけるとか。
とはいえ、父が、たとえオフロード競技で無敵の典史さんでも、圧力に屈するとは思えないが。
少し考えて、正直に話す。
「そうです。今は伊良湖巌の元で暮らしてます」
「なるほど、やはり。いやぁ、タイミングがもし合ってたら、君をうちの養子に迎えたかった」
典史さんが、本音と思われる一言を発する。
ただ、あの当時の状況だと、典史さんが言った願望は、限りなく実現する可能性は低かっただろう。
「まぁ、過去を悔やんでも、しょうがない。
でも、こうして、君が桔梗の彼氏として目の前に現れるなんて、夢にも思わなかった」
「私も、こうしてあなたに会えるなんて、思ってもいなかったです。光栄です」
「そう言ってもらえて、こちらも光栄だよ」
そんな話をしていると、綾瀬先輩が、俺の手を恋人つなぎでぎゅっと握り。俺のほうにもたれかかってくる。
「私と健一郎くんは、この通り、順調に交際してるわ」
「そうか」
典史さんが、うれしそうにする。
この感じ、恐らく綾瀬先輩は、俺に3人カノジョがいるとは言う気はないようだ。
「頭なでて」
すると急に、綾瀬先輩がそんなことをねだってくる。
俺は目の前にカノジョの父親がいるという手前、大人しく優しくなでる。
「ふふ、気持ちいい」
それにしても、交際相手の親の前でこんなことをするのって、くっっっっっっっっっっっっっっっっっそ恥ずかしいな。
親の前でカノジョとスキンシップすると、こんな気持ちになるんだ。
俺は初めて思い知った。
とはいえ、こんな体験も今日限りなのは、間違いないが。
「ぼくとしては、このまま桔梗と結婚してくれるとうれしいけどね。
でも、君の年齢じゃあまだ結婚できないから、それはまた後で考えればいいかな」
典史さんが、何か感慨深く俺と綾瀬先輩のことを見ながら言う。
すみません。100%フラれるので、あなたの願望は叶うことはないです。
そう俺は心の中で言う。
なにせ、学校であれだけのことをされた身だからね、こちとら。
「そう、ですね」
俺は、典史さんに、嘘をつく。
すると、典史さんが、うれしそうな顔をする。
「そうだな。もしそうなったら、盛大に祝いたいね」
俺はその言葉に、罪悪感をわずかながらに感じる。
俺はその後も、典史さんだけでなく。綾瀬先輩とも話をした。
「おっと、どうやらかなり話し込んだようだ」
典史さんが言うので、スマホで時間を確かめると、もう夕方もいいところだった。
「ん、今日はここまでにしようか。
君はまだ未成年だからね。
良ければ、また来てくれるとうれしい」
「はい、また来ますね」
俺は、微塵も思ってないことを言う。
「期待してるよ。
じゃあ桔梗、彼を家まで」
「もちろん、そのつもりです」
綾瀬先輩が立ち上がり、俺の手を取る。
「帰りましょうか」
「ああ。典史さん、今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう」
典史さんに挨拶をして、綾瀬先輩とともに客間を出る。
そしてまた高級SUVに乗って、駅まで乗せて行ってもらう。
「健一郎くん、またね」
「ああ、また」
俺を降ろした綾瀬先輩が、クールに去っていく。
「さて、帰るか」
俺は、バイク駐車場へと向かい、バイクで帰る。




