第25話 俺は、姉と生徒会長とギャルに同時に会う。
土曜日。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、健くん」
どこか危険な雰囲気を醸す姉に見送られ、俺は出かける。
目的地の駅のすぐ隣の駐輪場に、俺はバイクを止める。
約束の場所の噴水の前まで行くが、栗栖はまだいないようだ。
「まだ来てないか」
駅に設置してある時計を見ると、約束の時刻の10分前。
栗栖は結構ギリギリに来るタイプなのか?
「わっ」
そんなことを思っていると、そんな声とともに右後ろから、軽い衝撃が来る。
「うぉ、ビックリした!」
「へへ、大成功」
栗栖がそう言って、俺の右腕を昨日みたいにギュッとしてくる。
「かなりビックリしたね」
「あぁ、まさか隠れてるなんて思わなくてな。俺としたことか」
俺がビックリした理由を言うと、栗栖は隠れてたわけじゃないという。
「あたしは隠れてないよ。あそこから見てただけ」
栗栖が、駅構内の奥のほうを指さす。
ああ、なるほど。
俺が来た方向からだと、あそこはちょうど死角になるからわからなかったのか。
あとコントラストのせいで奥が見えにくいのもあるな。
「ふふ。それでさ、どう?今日のあたしの服装は」
そう言いながら、栗栖が腕を離れ俺の前に来る。
そしてこっちを見ながら、自分の服装はどうかということを聞いてくる。
トップはヘソが見える丈のTシャツ。ボトムは通常丈のショートパンツ。オーバーニーソックスとスニーカーという装いだ。
「あぁ。すごく似合ってる」
俺が素直に感想を言うと、栗栖は嬉しそうにする。
「ふふ、ありがとう。じゃ行こっか」
「ああ。そういえば、ますどこに行くんだ?」
「ん?まずはね」
栗栖がそういった瞬間、栗栖の後方、俺から見た場合前方数十m先にある一般車待機場から、一人の女が歩いてくるのがみえる。
「待て栗栖」
「どうしたの?」
「あれ」
俺は栗栖の後方を指さす。
それに合わせて栗栖が振り向いた瞬間、歩いてきた女が目の前まで来る。
「あら奇遇ね、健一郎くん」
女の正体は、黒のワンピースに身を包んだ綾瀬先輩だった。
「綾瀬先輩、なぜここに?」
「さっき言ったじゃない。本当に偶然よ」
なんだろう。綾瀬先輩の場合、これが偶然とはとても思えないのだが。
「これからあたしたち"デート"なんで、邪魔しないでください。生徒会長」
そう言って栗栖は、俺の右腕に再度抱き着いてくる。
「あらそうだったの。邪魔してはいけないわね」
そう言いつつ、綾瀬先輩がなぜか、俺の左腕に抱き着いてくる。
「生徒会長、邪魔してはいけないとか言って、どうして健一郎にくっついてるんですか」
「その理由をあなたが知る必要が、どこにあるのかしら?」
「あたし、伊良湖と"友達"なんで。知る権利はありますよ」
「"友達"だからそれを知る権利があるという、具体的な根拠と理論を教えてもらえるかしら」
二人が火花を散らし始めた矢先、今度は俺の後ろから、周りの空気の温度を冷凍庫レベルにまで下げるような冷たい声が、後ろから聞こえる。
「健くんにまとわりつく害虫、みーっけ」
後ろを振り向くと、そこには能面の笑顔を張り付けた姉がいた。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
「あんた誰?」
綾瀬先輩と栗栖が同時に、姉に対して誰なのか問いかける。
「まず、わたしがあなたたちが誰なのかを知りたいんだけど、それは後でもいいか。
じゃあ、あなたたちに教えてあげる。わたしは」
そう言いながら、俺の後ろから前まで来る。
「んっ」
姉は俺のほほに両手を添えて、公衆の面前で俺の唇を奪う。
「は!?」
「ちょっと!?」
二人が驚くのをよそに姉は俺の唇を塞ぎ続ける。
「んん!んんん!」
俺は姉がキスするのを止めたいのだが、両腕を綾瀬先輩と栗栖に抱き着かれてるせいで、振り払うことができない。
顔を動かして離れることも、両頬を姉に抑えられているためできない。
俺は何もできないままに、姉に舌で口をこじ開けられ、口内を舐め回される。
姉は、周囲に散々キスを見せつけた後、最後に俺の舌と自分の舌を絡めた後唇を離す。
「健くんのカノジョの、伊良湖 静です!」
姉は両手を俺の頬から放した後、二人にそう自己紹介をする。
「え、カノジョ!?ちょっと待ってどういうこと!?」
「私の健一郎くんに無断でキスなんて、許されるとでも思ってるんですか」
栗栖は目の前で起こったことが理解できず混乱し、綾瀬先輩は極めて冷静に姉の行動を非難する。
というか綾瀬先輩、俺はあなたの所有物じゃないです。
「でも、あ、アレ?そういえばさっき、この人伊良湖って言わなかった?」
「そういえばそうね。でも、たまたま同姓ないし実は姉か妹の可能性も考えられるわね。そこは、はっきりさせたいわ」
栗栖と綾瀬先輩は、同じような疑問を口にする。
俺はそれを聞き、呆然とした状態から元の状態に戻る。
そして二人の疑問は当然だろうと思い、俺は二人に、彼女が姉であることを説明する。
「ええと、栗栖、綾瀬先輩。そんな疑問を感じるのも無理はないだろう。
紹介するよ。彼女は俺の”カノジョではなく”、姉です」
俺はカノジョではない、というところを強調して二人に説明する。
「え?お姉、さん?」
「お姉さんのほうだったのね、そう。
でも、だとしても、健一郎くんとキスしたのは事実よね?
とてもではないけれど、許せないわ」
「ん?てことは、よく考えたら、さっき姉弟でキスしたってこと!?
そ、そんなのダメでしょ!!」
栗栖は混乱し、綾瀬先輩は怒りを露わにする。
そんな状況で、姉が話始める。
「そう。さっき健くんが言った通り、確かにわたしは健くんの姉。わたしと健くんは姉弟の関係。
だけど法律上だけの関係、つまり義理の関係で、全く血は繋がってない。だから付き合うのもキスも結婚もその先も、法的にノープロブレムなんだよ!」
「た、例えそうでも、健一郎くんがあなたと結婚する気がない、という可能性は考えないのかしら?」
「そ、そうよ」
綾瀬先輩は姉の言葉に、更に怒気を強めた表情でそう指摘し、栗栖は未だ動揺しながらも、綾瀬先輩の言葉に便乗する。
しかし姉は、二人の言葉を聞いてなお、余裕の表情をする。
すると姉は、二人に対して挑発するような表情と声で言う。
「ふふん。あなたたち二人に言っておくよ。
健くんは、わたし以外に絶対振り向かない。そして健くんは、わたしのことを選んで。わたしと結婚することになる。
そもそもあなたたち二人は、健くんと仲良くなることすら不可能。
健くんと仲良くなって、振り向かせられるものなら、やってみてごらん」
「な」
「なんですって?」
姉の挑発を聞いた二人は、姉に対して叫ぶ。
「「「よろしいならば戦争よ」」」
どういうわけか、俺をめぐる三つ巴の戦争が、今始まったらしい。
えっと、待てよ。
俺の意思は一体?
というか、そもそもなんで姉がここにいるんだ?
そして、とりあえずこの状況をどうしたらいい?