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地蔵盆  作者: 髙津 央
16/16

16.地蔵

 「それが、あのお地蔵さんや。子供らのお(こつ)はここで供養しとぉ」

 住職が、寺に伝わる話を語り終えた。

 訥々(とつとつ)と語り、決して中学生達を怖がらせるような言い方ではない。それでも、四人はしばらく、口も()けなかった。


 川池がようやく、震える声で礼を述べる。

 後の三人も呪縛を解かれ、口々に礼を言った。

 住職は鷹揚(おうよう)に頷き、麦茶を勧め、続けた。

 「何百年も前のこっちゃけど、まだ続いとんねや(つづいているのだ)

 「えっ?」

 「子供らは、自分らに酷い仕打ちした大人に仕返ししとんねや。昔は、口減らしで子供が消されることもあったんや。普通の親は、仕方(しゃあ)なしにそないしただけで、供養もしとった。子供が憎い訳やないからな」

 「理不尽に殺されて、供養するどころか、肥溜って……そりゃ、ムカつきますよね」

 信吾が相槌(あいづち)を打つ。

 「ずーと後にも、似たような目ぇに遭わされる子ぉが出る(たんび)に、そう言うことがあった」



 時が経ち、惨事(さんじ)が村人の記憶から消えた頃。

 地蔵盆(じぞうぼん)の夕刻、地蔵の前で遊び(たわむ)れる子らに混じり、見知らぬ子らの遊ぶ姿が見られたと言う。赤子も年嵩(としかさ)の子に負われ、その背で笑う。

 全部で七人。

 どこの子か聞いても答えない。

 何も知らない村の子らは、そう言うこともあろう、と夏の黄昏(たそがれ)(もと)、共に遊ぶ。

 楽しい遊びも間もなく終わる。村の子の一人が、明日からまた辛い、と(こぼ)した。


 地蔵盆明け、零した子の親が亡くなった。目を覆うような(むご)たらしい様だった。

 古老の一人が、そう言えば……と、地蔵が建立(こんりゅう)された因果を語った。

 その親は、子沢山だったが、一人の子を可愛がり、他は些細(ささい)なことで折檻(せっかん)し、牛馬の如くこき使っていた。

 誰もが、因果応報、お地蔵様の(ばち)が当たったのだ、と噂しあった。



 「お地蔵様が罰を当てるん(ちゃ)う。七人の子らが、まだ許せんと怒っとって、仕返ししよんねや」

 七人子塚(しちにんこづか)の地蔵に苦境を訴えれば、子供に害を成す大人から救ってくれる。

 安らかな眠りではなく、果てしない報復の為に()る。

 復讐に利用される七人は、それに縛られているのか。

 それとも、七人が望んで、それを引受けているのか。

 信吾は、美術部員達の話を思い出した。

 七人の怒りと需要がある限り、復讐はなくならない。



 信吾は毎年、夏休みも冬休みも、母方の実家に帰省する。

 もう何年も、父方の実家には、顔を出していない。電話もしない。手紙も出さない。



 小学一年生の冬休み、父方の実家に行った。

 御用納(ごようおさめ)の夜、母が階段から落ちた。信吾には何が起こったのか、わからなかった。

 従兄弟(いとこ)達と一緒に早々と寝かされた。眠れる筈もなく、こっそり布団を抜けだし、病院から帰った大人の話に聞き耳を立てた。


 居間で、父と祖父母が言い争っていた。

 母が流産した。祖母が階段から突き落としたからだ。

 おなかの子が女だとわかったから。女の子なんかいらない、と言うのが祖母の言い分だった。

 幼い信吾には、全く理解できなかった。何故、妹が祖母に殺されたのか。


 お祖母(ばあ)ちゃんは、なんで自分も女なのに、女の子が嫌いなんだろう……?


 父は「二度と顔も見たくない」と言い、祖母は「次は男の子を産ませろ」と要求し、祖父は祖母を(かば)いながら二人を取りなそうと、よくわからないことを言っていた。

 その後、他の親戚も、祖母を「人殺し」と(なじ)り、次々と縁を切って、正月を待たずに出て行った。



 住職が、少年達を七人の供養塔に案内した。

 信吾は、静かな木陰に(たたず)(こけ)むした石塔に手を合わせた。


 今、住職の話で何となく、祖母が何を考えていたのか、わかった気がした。

 祖母は古い時代の価値観に執着し、女の子を不要だと思いこんでいたのだ。

 理由がわかったところで、父方の祖母を許せる筈がない。もう顔も忘れた。

 祖母を許すことはできないが、信吾に復讐の意志はない。

 既に親戚中から縁を切られ、この先に待つのは孤独死だ。

 今更、何もせずとも、先程聞いた者達と同じ末路を辿(たど)る。


 信吾は瞑目(めいもく)し、この世の光を見ることなく逝った妹と、復讐に駆り立てられる七人の安寧を静かに祈った。

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