02 はじめまして
馬車はゆっくりと王都を離れていく。
窓から見えるうさぎ王国は、少しずつ小さくなっていった。
生まれ育った国。
嫌な思い出ばかりだったけれど、それでも故郷には変わりない。
「……さようなら」
小さく呟いても、返事をしてくれる人はいない。
見送りに来たのは、生まれた時からついてくれていた護衛の騎士だけ。でもやっぱり、護衛の騎士も、めんどくさそうに一礼して、すぐにいなくなった。
家族は誰一人として姿を見せなかった。
まあ、いつものことだけれど。
なんとなくわかっていても、少しだけ胸が痛んだ。
私がもっと可愛かったら、お父様もお母様も見送りに来てくれたのかな。ううん、そもそも第一王女の私が嫁ぐこともなかったかもしれない。
第二王女ユーリカ、第三王女ローズ、第四王女シャルロッタ、第五王女アンナ。みんな私と同じ王女のはずなのに、妹たちにこの縁談の話が出ることは一切なかった。
・・・ううん。そんなことを考えても、仕方がないのに。
私は膝の上でぎゅっと両手を握った。
「レナ様」
御者席から護衛の騎士が声を掛けてきた。
「あと半日ほどで国境です」
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと、騎士は少しだけ驚いたような顔をした。
……そうだよね。
城では誰も私と言葉を交わしたがらないから。
お礼を言われるなんて思わなかったんだ。
それきり会話は終わった。
静かな馬車の中。
私は持ってきた小さな裁縫道具を取り出した。
落ち着かない時は、縫い物をすると少しだけ安心できる。
古くなったハンカチを繕っていると、いつの間にか馬車が止まった。
「レナ様、国境です」
窓の外を見る。
高い石壁。その立派な壁を見るだけで、この国がどれほど栄えているかわかってしまう。
大きく頑丈そうで、しかも門の近くの壁には美しく豪勢な装飾が施されてある。
・・・まあ!立派ね・・・!
これをみては、ウサギ族が狼族に敵わないことに納得してしまう。ウサギの国に、ここまで立派な建造物を建てられる職人はいないだろう。
門の前には、大勢の兵士が並んでいた。
みんな背が高い。耳も尻尾も立派で、肩幅も広い。
……大きい。
うさぎ族とは全然違う。
思わず体が震えた。
怖い。
どうしよう・・・。私はウサギだもの、きっと国中から嫌われて、いじめられるに違いない。
目の前のやりを持った門番らしき狼は、今にも私を殺しそうな目でこちらを見ている。
「すごく・・・だと聞いて・・・が、まさか・・・なかった」
となりの狼と何かこそこそ話しているようだが、よく聞こえない。
こんな人たちの国で、私は生きていけるんだろうか。
「ひええっ・・・」
おびえてぎゅっと目をつむっていると、ギィイイ・・・と音がした。
恐る恐る目を開けると、門がゆっくり開かれていた。
すると、一人の兵士が目を丸くした。
「え……?」
その声をきっかけに、周りの兵士たちも次々とこちらを見た。
「な、なんだ……?」
「おい、あれがあのウサギのお姫様か?」
「まさか……」
みんな、私を見て固まっている。
やっぱり。
こんなブサイクなお妃が来たから、呆れているんだ。
ごめんなさい。
本当は私だって、こんなお嫁さん嫌だと思う。
すると、一人の若い兵士が顔を真っ赤にして叫んだ。
「か、可愛い……!」
「…………え?」
思わず聞き返してしまう。
可愛い?
私が?
「耳が小さい……!」
「真っ白だ……!」
「なんて愛らしいんだ……!」
「守りたい……!」
えっ?
えっ?
どういうこと?お世辞だろうか?ウサギ族では嘘はあまり美徳とされていないが、こちらでは違うのだろうか?
兵士たちは口々にそんなことを言い始めた。
中には胸を押さえてふらついている人までいる。
私は困って護衛騎士を見た。
「……えっと」
国からついてきた護衛騎士も固まっており、その顔には「ありえない」という言葉がにじんでいた。
何が起きているのか分からないのは、どうやら私だけじゃないみたい。
その時だった。
「王がお迎えに参られます!」
誰かが大声を上げた。
兵士たちが一斉に道を開ける。
重い足音が近づいてくる。
ドクン、と心臓が鳴った。
来た。
冷酷非道と噂の狼王が。
私は怖くて俯いた。
怒られる。
こんなブサイクな嫁を送りつけられて、きっと怒っている。
お願いだから、国の人たちだけは許してください。
そう願いながら、小さく震えていると――。
「……顔をあげよ」
低く、よく通る声が聞こえた。
びくびくしながら私はいわれたままに顔を上げると。
次の瞬間。
「・・・かわいすぎる。我がつがいよ。」
そこには、まるで赤ちゃんを見るかのような慈愛に満ちたやさしいまなざしと、この世のものとは思えないほど美しい顔立ちがあった。
でも・・・つがい?ってなんだろう?
考えようとしたその時、
周囲の兵士たちがわああっと騒ぎ始めた。
「陛下!!うらやましいです!」「陛下に飽きたらぜひ俺と!!」「天使かと思いました!」
どうやら狼族はお世辞?が上手らしい。絶対に歓迎されないはずなのに、とんでもなくヨイショを食らっている。
そして、「陛下に飽きたらぜひ俺と!」と叫んだ兵士はしっかり陛下にひっぱたかれていた。
……え?
まもなく静かになり、再び私の旦那様になる王様ガイゼル・ヴォルク様を見上げると、
血のように赤い瞳は、まっすぐ私だけを見つめている。
その目は、獲物を見るような鋭さではなく――宝物を見つけたような熱を宿していた。
そして狼王は、予想していなかった言葉を口にする。
「迎えに来た。私の愛らしい花嫁」
その表情は、とても嬉しそうだった。




