第1話
「今日も、目を覚ましてくれなかったの」
隣に座る彼女の瞳に、僕の顔が映っていた。
ミントグリーンのブラウスと白いロングパンツ。
その姿は、初夏の風によく似合っていた。
もう少し生気があれば、すれ違う誰もが振り返っただろう。
僕は彼女に会えることを嬉しく思っていた。
同時に、不幸によって生まれたこの時間を失いたくないと思ってしまう自分に気づき、罪悪感を覚える。
昼下がりの中庭で、隣に座り空を眺めることが、いつの間にか習慣になっていた。
彼女の名前は、しずくさん。
海外に住んでいると言っていた。
恋人が事故で入院したため、急いで帰国したらしい。
――出会いは偶然だった。
中庭で、しずくさんは真っ青な顔をして地面を見回していた。
服が汚れることも気にせず、這うように何かを探している。
足元に落ちたハンカチに気づいた。
それを拾って声をかける。
「これは、あなたの落とし物ですか」
しずくさんは体をこわばらせ、その場に縫い止められたように動きを止めた。
振り向いた顔は、眩しいほどの笑顔を浮かべたが、すぐに深く沈んだ。
その日以来、中庭へ行くたびに、無意識にしずくさんの姿を探すようになった。
大きな雲が太陽を隠し、庭に影を落とす。
吹き抜けた風が、柔らかな髪を揺らした。
その瞬間、横顔が、記憶にないはずの少女の面影と重なった。
理由はわからない。
ただ胸の奥に、言葉にならない違和感だけが残った。
その正体を知りたいと思う。
恋人を裏切ることになる。
それは僕にはできない。
名残惜しさを感じながら目をそらし、しずくさんが話し始めるのを待った。
「最近ね、この病院の中庭に来るのが少しつらくなってきたの」
しずくさんはペットボトルを握り直した。
「会いたくない人に、会っちゃうの」
目元の笑みがすぐに消え、代わりに影が落ちた。
「仕方がないの。私が悪いんだから」
ハンドバッグの隙間から、赤いハンカチが覗いている。
僕は何も答えられなかった。
ただ、大空に浮かぶ雲を見上げることしかできなかった。
「話を聞いてくれてありがとう」
立ち上がろうとするしずくさんに、声をかける。
「蓋、緩んでますよ」
しずくさんは小さく笑い、ペットボトルの蓋をしっかりと締めた。
去っていく背中を見送りながら、なぜか意識は病室へ向いた。
カーテンが、わずかに揺れた気がした。




