インパール 11
第15師団兵器部の諏訪大尉が暗然としていると、谷底からかすかに、
「大尉どのー」という声が聞こえてきた。
諏訪大尉は、ほっとして呼びかけた。
「大丈夫かー」
「大丈夫ですー」
「今、助けに行く。それまで、そこにじっとしているんだ。動くんじゃないぞ!」
武田上等兵の声は、それほど遠くからではなかった。
「命に別状はないようだ。運よく、途中で止まったんだろう」
つるはしやスコップ、ロープを集めて、崖を降りる。
トラックは、80メートルほど転げ落ちたところで、幸運にも、2本の大木に引っかかり、ちょうど車輪を下にした姿で静止していた。
「武田、怪我はないか?」
諏訪大尉が運転席に声をかけると、左側のドアが開いて顔が覗いた。
「はい、大丈夫です」
「谷が深いから、しばらくそこにいろ」
荷台を確認すると、砲弾こそ谷底に消えていたが、幸い、榴弾砲に損傷はなかった。
さて次は、どうやって大砲を運び上げるかだ。
崖を調べて、200メートル先の路肩から斜めに階段を掘ることにした。
諏訪大尉は、崖の傾斜が急なため、大勢による作業は危険と判断し、身が軽く、この種の作業を得意とする数名に絞り込んだ。
「急がば回れだ。慎重に、安全を確認しながら掘るんだ。重い榴弾砲を運び上げるんだから、時間はかかっても、しっかりした頑丈な階段を作れ」
藪を切り開いては、1段1段丁寧に掘り進む。
直線距離ならわずか80メートルだが、斜面に掘った階段の長さは250メートルに達し、完成するまで2時間を要した。
武田上等兵は、トラックが横転を始めるやいなやエンジンを切り、天井と床に両手両足を突っ張って、側転の要領で車と一緒に回転したらしい。
回転が単純な横転だったことが幸いし、どこにも怪我をしていなかった。
トラックは2本の大木にしっかりと支えられ、荷台に人が乗ってもびくともしない。
榴弾砲を分解し、谷底に落ちないように、部品1つ1つにロープをかけ、大木に結びつけた。
天秤棒を使って、4人がかり、6人がかりで部品を運び上げ、半日ほどかけて組み上げる。
その間に道の補修も進めたので、2台目のトラックは無事に通過できた。
トラック1台と砲弾の3分の1は失ったが、負傷者を出さずにすんだのは不幸中の幸いだ。
運搬するトラックがなくなった榴弾砲は、ジープで牽引するしかない。
もっとも、それができるのは上り坂だけで、下り坂はジープから外し、手動でブレーキをかけながらゆっくりと降ろすしかなく、人が歩くより時間がかかった。
それでも7日目には、師団司令部に到着する。
これを皮切りに、残置した火砲10門が砲兵陣地に勢揃いした。
師団砲兵隊は、日が昇るやいなや、砲撃を開始した。
それに続いて全火砲が、砲弾をセックマイ高地陣地に撃ち込む。
砲撃は3日3晩続き、掩蓋陣地の大半と、交通壕の相当数を崩落させた。
第67連隊と第60連隊による第2次夜襲で、高地陣地はついに陥落した。
山頂から望むインパールの市街は、手を伸ばせば届きそうなほど近くに見えた。




