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インパール 9

 第15師団第60連隊の阿部大佐は、大声を張り上げた。

「敵は逃げたぞ!突入!」

 全員が一斉に登り始めた。


 砲撃で吹き飛ばされた木の根元を掴み、急坂を這うように進む。

 山頂に辿り着くと、敵味方の兵士の遺体が累々と横たわっていた。


 敵兵のものは、頭にターバンを巻いたシク教徒のインド兵か、幅広の帽子をかぶったグルカ兵がほとんどで、夥しい量の薬莢に埋もれている。


 多くの掩蓋が砲撃で崩れていたものの、中にある機関銃や迫撃砲は使えそうだ。


 周囲が明るくなり、陣地の全貌が見えてきた。

 尾根続きの5つの丘に塹壕が縦横に走り、掩蓋陣地が多数構築されている。


 周囲は遮る物が何一つ無く、麓の動きは兵士1人1人まで丸見えだ。

 砲兵の支援を欠いたまま歩兵が突撃を続けていたら、1個大隊が全滅しても不思議ではないほど、よくできた陣地だった。


 第15師団は、シャングシャックから、西方のコヒマ=インパール街道へ向かう。

 ラムまでの5キロの道路は整備されているが、そこから先は海抜1500メートル前後の山々が連なる、山岳地帯の細い山道を辿らなければならない。


 現地住民の集落は、酷暑とマラリアを避けて、山頂に集まっていた。

 村の周囲は開墾され、中腹には水田もあり、日本の軍票を渡せば食糧を売ってくれた。


 いくつかの集落を経て、タングクル西方に達する。

 付近の高地を守っていた40名ほどのイギリス兵は、夜襲をかけて追い払った。

 そこからは、南に広がるインパール平野が一望のもとに見渡せた。


 コヒマ‐=インパール街道沿いの、平野の入り口にカングラトングビ輜重隊陣地、その南にはインパールの最後の砦、セックマイ高地陣地がある。


 高地は、8合目あたりから急勾配の上りとなる一方、頂上は多数の兵力を配備できるよう平坦に整地され、守るに易く攻めるに難い地形だ。


 重なり合う3つの山塊を利用し、前哨陣地、外郭陣地、中核陣地と縦深配置されている。

 それぞれに無数の掩蓋が並び、互いに交通壕で結ばれて、陣地というより野戦要塞と呼ぶ方がふさわしい。


 山内師団長は、参謀長の川久保少将に言った。

「シャングシャックは2個連隊の山砲で潰せたが、今回はそうもいくまい」


「フミネに残してきた師団砲を、前送しましょう」

 川久保参謀長はそう答えると、兵器部の諏訪大尉を呼んだ。


「残置してきた榴弾砲を、急いで運んで来い。工兵連隊からは、トラックが通行できるように道路を整備したと報告が上がっている。だが輜重兵連隊は、こんな貧弱な道路ではトラックで榴弾砲を運ぶのは無理だと言う。その点も確認して、両連隊を督励してもらいたい。必要な人員は、いくらでも連れて行っていいぞ」


 諏訪大尉は、取る物も取り敢えず、フミネへ急行することにした。


 他方、街道に面したカングラトングビ輜重隊陣地の攻略を命じられた阿部大佐は、敵陣が平地にあり、防備も手薄なことから、師団砲の到着を待たず、速やかに奪取して、セックマイ高地陣地を孤立させるべきだと判断した。

 精鋭部隊がジャングルに身を隠して忍び寄り、奇襲するという作戦だ。


 ところがイギリス軍は、ここにも罠をしかけていた。

 木の枝でカモフラージュしたバレンタイン戦車を隠し、待ち構えていたのだ。


 阿部連隊の大隊が陣地内の広場にまで侵入したタイミングを見計らい、戦車がカタピラを高鳴らせて反撃に転じた。


 歩兵同士の戦いでは無類の強さを誇る日本軍の突撃戦法も、戦車が相手では蟷螂の斧だ。

 攻守の様相は一変し、部隊はたちまち蹂躙されて四分五裂となり、退路を失った1個中隊が全滅してしまった。


 予想外の展開に驚いた阿部大佐は、連隊砲の41式山砲に砲撃を命じる。

 だが、ノモンハンでは、ロシア軍のBT-5戦車やBT-7戦車の、20ミリに満たない装甲を撃ち抜いた41式山砲も、60ミリの装甲を誇るバレンタイン戦車には歯が立たない。


 やむを得ず、ありったけの砲で集中砲火を浴びせ、衝撃と轟音で戦車兵が怯んだところに火炎瓶を投げつけ、開けたハッチに手榴弾を投げ込むという、決死の肉弾戦でなんとか仕留めた。

 だが、損害も甚大だった。


 阿部連隊の仇を討とうと、暗くなるや否や、第67連隊がセックマイ高地陣地への夜襲を試みたものの、こちらも死傷者が続出して失敗する。

 第15師団の第1次攻撃は、惨憺たる結果に終わった。

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