インパール 7
静寂を切り裂いて、第18師団の師団砲兵と野戦重砲兵の砲撃が始まった。
イギリス軍の陣地に砲弾が次々と落下し、炸裂する。
工兵隊が鉄条網を切り裂き、突破口を開いた。
砲撃が止むやいなや、
「突っ込め!」という号令とともに、第1中隊が突入した。
敵陣から照明弾が上がり、重機関銃や自動小銃の弾丸が辺りを薙ぎ払う。
その弾幕をかいくぐって、先鋒が北西の角の掩蓋に取り付いた。
続いて第2中隊が、右隣の陣地を襲う。
佐々木少尉の第3中隊は左に回り、南西の角の掩蓋を攻撃した。
佐々木少尉がイギリス兵を追って塹壕から掩蓋に入ると、そこには武器弾薬だけではなく、缶詰やタバコも大量に残されていた。
缶詰の山からミルクとコンビーフを選び、むさぼるように食べる。
空腹を満たし、人心地ついたところでタバコを吸った。
腹が一杯になったのは久しぶりだし、満腹した後のタバコの味は格別だ。
逆襲に備えて陣地を補修し、兵士を配置する。
夜が明けてみると、ライマトルヒルからの眺めは絶景だった。
東にテグノパールの陣地群、南西にインド第23師団主力が集結するシェナム、北西の軍用道路の脇にはサイボンの砲兵陣地、そしてその奥にはインパールの最終防衛線となるパレル、全てが一望のもとに見渡せる。
射弾観測にはこれ以上ない、もってこいの場所だ。
ここから指示すれば、イギリス軍の陣地を正確に砲撃することができる。
イギリス軍の反撃が始まった。
砲撃が30分ほど続き、その間に日本軍陣地の近くまで接近したグルカ兵が、終わると同時に手榴弾を投げ込んでくる。
それを迎え撃っていると、イギリス軍が砲撃を再開した。
砲弾が集中豪雨のように降りそそぎ、山容すらも変えていく。
窪地に伏せていた川合大隊長が、爆風に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて、斜面を転がり落ちていった。
砲撃があまりにも激しく、塹壕の中でも顔を上げることができない。
砲声が止むや否や、至る所からグルカ兵の喚声が響いてきた。
敵の白兵突撃だ。
機関銃を唸らせ、手榴弾を投げて応戦する。
撃っても撃っても、押し寄せる波のように敵兵が迫り、こちらの兵士は次々に倒れた。
「このままでは、全滅する」
かねてからの打ち合わせ通り、日章旗を振って、味方の砲兵に援護射撃を要請した。
ところが、待てど暮らせど一向に始まる気配がない。
隣の小隊の少尉が、壕から身を乗り出して、双眼鏡で日本軍の砲兵陣地を覗いた。
「敵機が砲兵陣地の上を飛んでいる!爆撃されているぞ!」
次の瞬間、敵の機関銃の弾丸が少尉を貫いた。
もんどりうって倒れる。即死だった。
北側陣地を守る中隊長は、迫ってくる敵に自ら手榴弾を投げて応戦していたが、迫撃砲弾の直撃を受けて戦死した。
機関銃中隊では、銃手も弾薬手も戦死、中隊長が銃把を握り、小隊長が弾薬を装填して撃ち続けたものの、やがてどちらも動かなくなった。
第3中隊の中隊長、阿久津中尉のもとには、次々と悲報が届いていた。
「大隊長、瀕死の重傷、動けず」
「大隊副官、戦死」
「第1中隊長、戦死」
「第2中隊長、戦死」
「機関銃中隊長、戦死」
阿久津中尉が、第2大隊に残る、最後の中隊長となった。
「これより大隊の指揮をとる。各自、現在地を死守せよ。一歩も引くな」
だが、傍の佐々木少尉には、小声でささやいた。
「いよいよかもしれないな。最後の一兵までだ」
「そうです。最後の一兵までです」
その時、雲間から20機余りの一式戦闘機「隼」が現れた。
たちまちイギリス軍機を追い散らし、逃げ遅れた機が煙の尾を引いて落ちていく。
戦闘機の後方から現れた97式軽爆撃機と99式双発軽爆撃機が、高射砲の対空砲火をかいくぐり、急降下爆撃を敢行する。
高射砲が沈黙すると、97式重爆撃機の編隊がサイボンとシェナムの敵陣地に爆弾の雨を降らせた。
その間に、工兵隊がイギリス軍と日本軍の電話線を接続し、ライマトルヒルの射弾観測陣地と砲兵隊陣地の間の電話回線を開いた。
野戦重砲と師団砲が、イギリス軍の後方陣地に次々と爆炎が上がった。
砲撃が終わるや否や、第18師団が総攻撃に転じた。
インド第23師団は持ち堪えられず、潮が引くようにパレルへ向かって後退を始める。
インド国民軍第1師団を率いるギル大佐は、その時を待っていた。
テグノパールの激戦を横目に、その南を迂回、昼なお暗い密林を縫い、マラリア蚊の棲む沼地を這って、パレルに先回りしていたのだ。
イギリス軍が崩れたことを知るやいなや、猛然と飛行場と物資集積所に襲いかかった。
一気に防衛線を突破し、輸送機を次々と爆破、燃料庫と弾薬倉庫に火を放つ。
巨大な火柱が何本も立ち、空高く舞い上がったきのこ雲は、シェナムのインド第23師団からも、インパールのイギリス第4軍団司令部からもよく見えた。
パレル飛行場は、インパール南飛行場と並び、雨季の豪雨に耐える全天候型の飛行場で、この方面のイギリス軍の兵站を支える、物資補給の拠点だ。
その重要拠点が失われた。
シンゼイワで第14師団が壊滅し、トンザンで第17師団が降伏した今、第23師団までもが退路を断たれては、インパールは丸裸になってしまう。
イギリス第4軍団司令官のスクーンズ中将は、パレル防衛を断念、インド第23師団をインパールへ後退させた。
野戦重砲兵の96式15センチ榴弾砲は、徹甲弾を使えば距離900メートルで100ミリの装甲を貫通することができる。
この作戦に投入された兵器の中では、バレンタイン戦車を実用的な距離から撃破できる唯一の砲だ。
それがインパール平野に到着したことは、日本軍にとって大きな意味があった。




