モルディブ 7
イギリス軍の装甲空母「イラストリアス」が、攻撃隊の収容を始めるのとほぼ同時に、レーダーが接近する飛行機の群れをとらえた。
「東方100キロに敵機」
艦長のレオポルト・シフレ少将が言った。
「フランス・ヴィシー政府軍に、航空戦力が残っているとは思えない。アッズ環礁を襲った日本の空母が、どこかに隠れていたということか」
「直ちに迎撃機を上げますか?」
「いや、攻撃隊の収容を優先しよう。インドミタブルやフォーミタブルの戦例を見ると、日本軍の急降下爆撃では、ほとんど損害を受けていない。雷撃機にさえ気を付ければいいということだ。戦闘機は、さほど高度をとる必要がないから、時間にはまだ余裕がある」
高度4000メートルに日本機が現れた。
直ちに突入してくるかと身構えていると、編隊を組んだままゆっくりと旋回を始めた。
こちらの隙を窺っているようだ。
やがて緩降下で高度を落とすと、編隊を単縦陣に変えて急降下してきた。
砲弾の時限信管を高度800メートルに合わせ、対空砲で弾幕を張る。
空母「イラストリアス」は、正確な照準を優先して直進を保っていた。
対空砲火が功を奏し、爆撃機が次々とコースを外れる。
勇猛果敢に突入して、飛行甲板に250キロ爆弾を命中させる機もあったが、やはり少しばかりのへこみを作るだけだ。
他方、低空から進入しようとする雷撃機は、F4Fの厚い防御陣に接近を阻まれていた。
上空ではまた1機、急降下をあきらめた日本機が、緩降下のまま離脱していった。
「イラストリアス」で、気にとめるものは誰もいない。
だが、防空軽巡洋艦「ハーマイオニー」の対空監視員は違和感を抱いた。
何かを投下したようにも見えたからだ。
とはいえ、弾幕のせいで、はっきりとしたことはわからなかった。
ただの見間違いかもしれない。
「イラストリアス」の後方に、水柱が立った。
わずかに遅れて、大爆発が起こる。
これまでの250キロ爆弾とは、桁違いの破壊力だ。
シフレ艦長は、以前見た光景を思い出した。
ドイツ軍が1トン徹甲爆弾を投下した時だ。
あの時は、Ju87が水平爆撃で投下したのだった。
まさか、大型の徹甲爆弾を緩降下で投下したのか?
また、水柱が上がる。
さっきより近い。
「取り舵一杯!」
シフレ艦長が叫んだ。
だが、大型艦の方向は急には変わらない。
「衝撃回避態勢をとれ!」
次の瞬間、戦艦の徹甲砲弾を改造した、800キロの99式80番5号徹甲爆弾が装甲甲板を貫通し、格納庫の床も突き破って、最下層で炸裂した。
友永大尉の操縦する97式艦上攻撃機が、高度1500メートルから緩降下に入り、華麗な飛行技術で投下したのだ。
続いて4発の800キロ徹甲爆弾が、「イラストリアス」のバイタルパートを破壊した。
穿たれた船腹から海水が渦を巻いて流れ込む。
江草少佐の目の前で、「イラストリアス」が大きく傾き、黒煙を上げはじめた。
やがて行き足が止まり、総員退去が命じられる。
それにもかかわらず、対空砲火は続いていた。
船体が沈み始めても、止む気配がない。
艦と運命をともにしようというのか。
艦長ならばともかく、砲台の水兵たちまでもが。
勇猛果敢を自負する帝国海軍といえど、いまだかつてこのような戦い方をしたことはない。
驚くべき敢闘精神に、江草少佐の目には涙があふれた。
「イラストリアス」の姿が海中に消えても、少佐は大英帝国海軍に敬意を表し、紺碧の海を飛び続けた。
しかし、神ならぬ身、わずか2か月後のミッドウェー海戦で、自身の乗る空母「蒼龍」が撃沈され、海に投げ出されることになろうとは、この時、知る由もなかった。




