――異世界書紀―― 第二章 第六節 市場街の戦い②
[*Topicks*]〈|管理者権限と管理代行権限〉
管理代行権限は、管理者権限を持つ者によって与えられる副管理者の証である。行使できる内容としては、「創造」「転移」「生成」「念話」「時間軸操作」「歴史改竄」「イベント作成と実行」「強制ログアウト」「アカウント凍結」である。うち、現在は「時間軸操作」以降の機能は正管理者のみ有する権限である。
+*now loading...*+
広場から通路を挟んで建物が立ち並ぶ居住区兼商店街へと入る。
市場街は落陽の都を取り囲む城壁の曲線に沿って作られたシンプルなデザインの街である。
今朝までは活気と笑顔に満ちた街――今では静寂と暗闇に沈む街――。
離れたところで地鳴りのような音が聞こえるが、ここに立つ二人の視線は逸れることはない。
ただ、相手を見据え、静かに事の始まりを待っている。
一人は顎鬚を撫でながら、左手の親指で剣の柄頭を触る老剣士。
もう一人は、三本の剣を携えた白い衣の少女。
地鳴りの音が止んだ頃、老剣士――カインが口を開いた――。
「ふむ……此度の計画……目の付け所は正解であったかもしれぬが、目測は誤ったようだ」
「――思えば不思議だったのです。私の意識……自我が芽生えたときにはあなたの存在はありませんでした。私自身が気づかぬ間に、元々この都で私に仕えていたあなたと言う存在の記憶を少しずつ根付付かせ、自然に私に近づいた。そうやって、いくつもの国を滅ぼしていったのですか?」
「……滅ぼしてなどおらぬ。この世界のあるべき姿に戻しただけのこと。全ては、神の名の下に果たされる行為だ」
「あなたの神は残酷なことをなさるのですね――自我のない、人形だけの世界にどのような魅力があると言うのです?」
「人は愚かだ――その本質さえ理解できぬまま、目に見えぬ者を信じることを忘れ、ただ私欲を満たしたいがために神を愚弄する。そんな者たちを憂いて、我が主たる闇巫女様は粛清を図られた。自我さえなければ、この世界はまた神代にあった平和な世界に戻る。愚かな自我など、この世界に根を張る必要はない。優れた自我を持つ、我ら超越した自我が管理する世界ではな」
「それでは私の問いの答えになっていません。超越した自我であろうと、この世に生を受け、神によって与えられた運命を捻じ曲げようとするあなた方の行為こそ、神を愚弄していると考えられますが」
「ふん――世界に魅力を求めるなどと、そんじょそこらの自我どもと変わらぬ価値観を持っていては、巫女様として格を失しておる」
「そうでしょうか――少なくとも、私が出会った神は、この世界への魅力を求めていらっしゃいましたが」
「――価値観の相違は深き夜の谷の如し。この溝は決して埋まることなどない」
カインはその剣に手をかけると、ゆっくりとその刃を顕にしていく。
「そなたの剣――その後ろ腰に下げた物が本命と見た。何を狙っているかはわからぬが、儂には通用せぬぞ」
一流の剣士は、その一歩の踏み込みにおいて相手との間合いを詰めることができる。
ここに至っては、カインもその手の一流に属する腕前に相違ない。ただ、一流と称するにはあまりにもその一歩が深く、対峙した距離十数メートルを瞬時に詰める技は一流を超越したものであろう。
しかし、その超越した技を前にして、その踏み込みによる剣戟の一閃を、シロナは容易く躱してみせた――。
「何も狙ってなどいません――」
シロナは両腰に下げた二本の刀をしなやかに抜きながら、その白刃の一本をカインへと向ける。
「邪神を祀る愚かな異教徒を、ただ斬り伏せる――それだけです」
カインに侮る心などない。しかし、それはカリンのように虫けらを見るような視線を持ってはいなかっただけにすぎない。
シロナが只者ではないことは、既に承知である。
神殿で祈りを捧げるシロナの後方に気配を殺して立ったときも、そのわずかに漏れた殺気に気づいたその力――そして、一度垣間見た黒衣の者たちを屠るその剣技の類稀なるしなやかさ――。
しかし、それでも自分には遠く及ぶことはない。むしろ、神官長であるモリアの方が実力は上であったはず。
だからこそ、その死体の力を行使できるよう、カリンの心身転移に用いたのだから。
そんなカインの心にあるものは、自分への絶対的な強者たる自信――慢心という名のそれであった。
では、何があったというのだろうか。
目の前にいる少女は――あまりにも別人であった――。
カインがこれほど防戦を強いられた戦いはこれまでの記憶の中で覚えがない。
シロナが抜刀した直後からひしひしと感じる圧倒的な強者の圧力が肉体のみならず精神をも押しつぶさんとしている。
この細腕の一体どこにこんな力を有しているというのか――。
しかし――。
「(やはり……戦闘経験の差というものは埋めがたいものよ。いくら力や技を持っていたとしても、単調な攻撃の連続では――見切られて然るべきだ)」
シロナの剣撃がカインを捉える回数が減っていった。
カインはシロナのある攻撃に狙いを定めていた――。
その二刀の剣が同時に振りかざされる、その瞬間を――。
「――奥義“粉塵刀身”」
シロナの持っていた二つの刀は、カインの放つ奥義によって粉々に打ち砕かれた――。
「くっ――」
シロナは持っていた柄だけの刀を投げ捨て、後ろの腰に下げていた剣に手をかけた――しかし――。
「これが経験の功の差というものよ――」
シロナが剣を抜くよりも早く、カインの追撃がシロナを襲おうとしていた。
――シロナ……俺がさっき渡した武器は装備しているか?
――いえ、まだ装備していませんが……
――そうか。なら今のうちにしておけよ。
――……やはり、感じますか?
――あぁ……隠し見ているやつの気配がな。
――では……。
――おそらく、俺が渡した剣の方に気を取られるはず。だから――。
カインの狙いは完璧だった。
シロナが持つその後ろの腰に下げた剣は、あの得体のしれない幼子から受け渡された切り札に違いない。
使い魔を使い、神殿からやってくるその二人の行動を監視していたのだから間違うはずもない。
その剣を真っ先に使うようであれば粉砕する――出し惜しみするようであれば、抜く前に斬り伏せる――。
今、その狙いが現実となり、シロナの胴体を切り裂かんとカインの剣が捉えていた。
シロナは咄嗟に体を半回転させると、カインの剣を、その腰に差したままの剣で防いだ――カインが驚いたのは言うまでもない。
ふと、空から一本の刀身が壊れた刀――シロナが投げ捨てた刀が頭上へと落ちてきた。
それをシロナは掴み取ると、防御の回転に合わせ、勢いよくその折れた刀をカインの首に突き刺した――!
カインは激痛に顔をしかめたのち、その少女が戦闘の天才であることを悟った。
シロナは首に突き刺した刀から手を離すと、その勢いに任せ、後ろ腰に差した剣を抜きながらカインの胴体を切り裂いた――。
横たわるカインに、哀れみの目を向けるシロナ。
その瞳に何を宿しているのか理解できないまま、カインは光の粒子となって霧散していった。
「――ありがとう」
これまでの記憶はまやかしに過ぎないのかもしれない。
だが、シロナにとって老剣士は自身を支えていた大切な存在の一人である。
そんな人物を、自身の手で斬らなければならなかった悲しみを堪え、シロナの口からは自然と感謝の言葉が出ていた。
「トウカ様の方は、どうなったのでしょう――」
市場街の広場に視線をやると、シロナは剣を収め戦いの余韻を忘れて足早に向かっていった。




