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第8話 深淵の魔女ドミナの旅(中編)

 陸地から最も遠い場所に魔女の棲む島があった。

 断崖と荒い波に囲まれて海からの侵入を拒む島の名は、魔書島ライブラリーアイランドと呼ばれていた。

 この島では草や木に豆本や文庫本が実り、羽の生えた新書本が豆本をついばみ、獰猛な大判本が牙を突き立てて新書本を食べて、無数の本を生み出しつつ生きた本の生態系ができていた。


 それらの本を管理し繁殖させる世話人が魔女ライブラリーウィッチと呼ばれる人だった。

 どう見ても異形の生態系であり、それを扱う職業。

 現在の神々の仕業とは思えない所業。


 けれども本の生態系が続く限り、無限に新知識を備えた本が生産されていく。

 この世界では手に入らない平行異界の知識や、深淵の向こう側の知識を唯一手に入れることができた。

 人知を超える恐るべき願いを持った魔女がこの島を訪れては、本を世話して目的を叶える知識を得ようとする。



 ドミナは魔書島に来て魔女となり、長い年月を過ごした。

 島は本の死骸に埋め尽くされて山のようになっている。

 島の中央にはうずたかく積み上がった本が雲を超えるほどの高層の山となって積み上がっていた。

 山道は本が石畳のようになって上へと続いている。

 また山の中は空洞や通路が迷路のようにつながっていた。


 今はもう島を訪れる人もなく、ドミナは一人で島を管理していた。

 粗末なローブを着て、長い青髪を揺らして島を廻る。


 本を見守り、時には間引く。

 回収した本を山を登って分類法に基づいて所定の場所へと配置する。


 昔は大勢の魔女で賑わったこともあったが、皆、目的を叶えては島を去っていった。

 普通の魔女が望むもの。

 ベタなところでは不老不死や若返りなど。自身や家族のかかった不治の病の治療法や、呪いの解き方など。

 ドミナだけはまだ、自分の目的を叶えていなかった。



 大木の陰に寄り添って一軒の小屋があった。小屋は家具に至るまで乱丁本で作られていた。

 ドミナは大判本を横にしたテーブルに座って溜息を吐く。長い青髪が揺れ、大きな胸はローブにしわを作った。

「どうしようかしら……」

 ドミナはすでに手段は手に入れていた。しかしその代償が大きすぎて、踏ん切りがつかないのだった。


 ――と。

 こんこんとノックの音がした。

 最初は風のいたずらかと思って無視したが、またこんこんと鳴る。


 ドミナは首を傾げつつ立ち上がった。

 入り口まで行って本でできた扉を開けると、外にはシャツにジャケット姿の青年アレクが、茶髪を掻きつつ立っていた。

「すみません、水を一杯いただけますか?」 

「え、ええ……構わないけど……あなたも魔女?」


「いえ、俺は賢者です! アレクって言います。勇者や聖騎士でもありますけどね」

 その言葉に、ドミナの緑の瞳がすうっと細められる。

「へぇ……魔女を倒しに来たってわけね?」


「いいえ。倒したくないから、来たんです」

 家の入り口でドミナとアレクが見つめ合う。


 二人の間を風が通り、髪を揺らしていった。

 ドミナは疑う視線を崩さない。



 アレクは白い歯を見せて笑顔になった。

「――で、お水は?」

「いいわ、入って」

「はいっ」

 ドミナが背を向けると、続いてアレクが小屋へと入る。


 彼女はお茶を入れたコップを二つ、本のテーブルへ持ってくる。

「座って。お茶しかないけど」

「ありがとうございます」



 小さな小屋の中、二人はテーブルを挟んで向かい合って座った。

 アレクがカップを持って口を付ける。一口飲んで目を輝かせた。

「ああ、おいしいです。鼻に抜ける爽やかな香りがなんとも」 

「茶の本を刻んで煎じたのよ」


「あの生きてる本って口にできるんですね」

「ええ、肉の本なんかは焼いて食べるとおいしいわ」

「ぱりぱりした歯ごたえがありそうで、興味深いですね」

「あら、食べたことあるの? 今夜泊まるなら、作ってあげましょうか」


「ほんとですか!? わーい、ドミナさんの手料理が食べられるっ」

 無邪気に喜んだアレクだったが、ドミナの表情がぴくっと強張った。

 考えごとをするように俯くと、細い眉が不審そうに寄っていく。


 それから顔を上げてアレクを睨む。

「……いつ、わたくしが名前を教えたのかしら?」


「えっ、いや。ここへ来るとき、ドミナっていう魔女がいるって聞いてきたもんですから」

「嘘ね。深淵の魔女とか、偉大なる魔女と呼ばれてるだけで、本当の名前は誰も知らないはずよ」

 緑の瞳に宿る光が疑いから怒気へと変わり、より鋭くなった視線で睨み付ける。



 アレクは口を開いて何か言おうとしたが、結局大きなため息を吐いた。

「参りました。賢いドミナさんには隠し事は出来ませんね。ほんとのことを話します」

「いい心がけだわ」


 アレクはお茶のカップをテーブルに置くと真剣な顔で話した。

「俺、近い将来、ドミナさんと何度も戦ったんです。世界を滅亡から救うために」

「おかしな言い回しね。未来予知ではなくて、未来完了?」


「ええ。俺、時間を巻き戻せる能力を持ってまして」

「確か『時さかしまのオーブ』だったかしらね」


「よくご存じで。さすがドミナさん。――それでどうやっても世界を救えないので、戦う前にここへ来ました」

 アレクは前のめり気味になって真摯な目で見つめた。



 ドミナは整った顔に頬笑みを浮かべつつも、ミスを誘うかのように首を傾げて尋ねる。

「でも、わたくしはそんなに強くありませんわ。本当かしら?」


「ほんとです。俺がドミナさんと戦ってる隙に、地上に病気をばらまいて生物を絶滅させたり。ツタのような巨大植物で世界を覆って滅亡させたり。あとはキノコの根を大陸全土の地下に這わせた上で、いっせいにキノコを生やして滅亡させたり。様々な方法で何度もしてやられたというか、裏をかかれて滅亡しました」

 アレクが見てきたかのように淡々と語る。


 ドミナは青い髪を揺らして頷いた。胸も大きく揺れる。

「へぇ、どうやら本当のようね。考えていた方法ばかりだわ。あと千通りほど考えてあるけど」


「ですよね~。マジで対策不可能でしたよ。で、どうやっても滅亡を防げないので、ドミナさんが動き出す前に来てみました。よっぽど世界を恨んでたんですね」


「ううん。特に好きでも嫌いでもないわ、この世界は。滅びを見るのは辛いから、できるだけ自分の手を汚さずに、見てないうちにすべてを終わらせたかったのよ」


「えげつなさすぎますよ、ドミナさん!」

 アレクが思わず半立ちになってツッコミを入れた。



 ふふっとドミナは笑いつつ、寂しげに目を逸らす。

「でも、目的を叶えるためには、世界を滅ぼさなくてはいけないのよ……」

「えっと、確か。異世界に帰るため、でしたね」

「そう。そこまで知ってるのね……」


「そんなに大切な何かが異世界にあるんですか? 家族とか、恋人とか」

 アレクの他意のない問いかけに、ドミナはかすかに首を振った。


「どうだったかしら……だとしても、もう亡くなってるわね。長いこと生き過ぎたから」

「あらま。じゃあ、この世界で第二の人生を楽しみましょうよ」

「それは無理かしら……結局、わたくしは旅人なのよ。いずれ元の場所に帰る旅人」

「……この世界に居場所がないんですね」


「ホームシックなのかもね。人はどれだけ旅立っても、やっぱり自分の生まれ育った場所へ帰っていくものなの」

「そうですか。いや、そうですね」

「わかってもらえて嬉しいわ」

「それで、ドミナさんの旅はどうでしたか?」


 アレクの問いかけに、ふうっとドミナは吐息を漏らす。

「どれだけ救いと癒しを求めても、指先からこぼれてしまったわ」


「残念でしたね。旅ってそんなものかもしれませんね」

「後に残るのはおぼろげな思い出ばかり……なに話してるのかしら、あたくし。人とこんなに話したのも久しぶりだわ」

 ドミナは手で髪を後ろに払った。さらりと青い粒子がきらめく。



 アレクは考えるそぶりでその様子を眺めていたが、願いを込めて口を開いた。

「ドミナさん。最後は故郷へ帰るにしても、旅はもう少し続けましょうよ」


「もう疲れたわ」

「俺が癒しますから」

「あなたが?」


「ええ、暖かい家庭を築いて癒します。だから、俺と家族になりせんか?」

「会っていきなり告白? 残念だけど……」

 ドミナの言葉を手で遮ってアレクは言う。

「確かに、ドミナさんは素敵な女性です。でも、それ以上に俺にはあなたが必要なんです」


「どうして?」

「俺、世界最高の美少女ハーレムを作って世界を平和にしたいんです。そのハーレムにドミナさんも入ってください!」


「そんなバカなこと言われて、はいって答える女性がいると思う?」

「思いません!」

「だったら、もう少し真面目にした方がいいわ」


「真面目を取り繕って世界が救えるなら、俺だってそうしますよ……結局のところ、ドミナさんは聡明で美しくて、嘘が通じない素敵な人なんです。だから、俺も玉砕覚悟で自分をさらけ出すしかないんです」

 アレクの偽りのない言葉に、ドミナは寂しそうに微笑んだ。


「もう少し早く出会えていたら、結果は違ったのかもね」

「それは違います」

「え?」


「もう失敗してきましたから。それだと魔神が残ってしまうんです」

 アレクの言葉に、ドミナは器用に片方だけ眉を上げた。

「なるほどね。じゃあ、どうする気?」

「俺と賭けをしませんか、ドミナさん」


「どんな?」

「俺があなたを救ったら俺の家族に、ハーレムに入ってください。絶対幸せにしますから!」

 アレクは本のテーブルに身を乗り出して訴えた。



 しかしドミナは寂しく頭を振るばかり。長い青髪がゆらゆら揺れる。

「ごめんなさいね、えっと、アレクくんだったかしら」


「なんでしょう?」

「わたくしの契約は絶対なの。この契約がある限り、世界は絶対に滅びるのよ」


「……ええ、知ってます。魔神の呪いがある限り、どのルートをたどっても結局は滅亡は避けられないって」

「だったら……」


「いいえ! ここが分岐点なんです! 俺はやります! ――山の最深部ですよね!? あいつを倒してドミナさんを、世界の命運を、救います!」


「いくら勇者でも無理よ。あなたの想像を超える存在が相手になるのよ」

「安心してください、ドミナさん。俺、不可能を可能にできる男なんで……だから、もしできたら」


「乗りたくないわね、その話」

「そうですか? ――ああ、勘違いしないでください」

「なにを?」



 アレクは態度を改めると、真剣なまなざしでドミナの目を見つめた。

「家庭やハーレムにだっていろいろあります。お互いを尊重し会う関係だって、見守る関係だって。体が目的じゃありませんから。あくまですべてを救うルートのためにハーレムエンドが必要なだけなんです」


「へぇ。じゃあ、わたくしに指一本触れないでって言ったら、約束守るのかしら?」

「当然です! 絶対、触りません!」


「揉んでいいって言ったら?」

「揉みますっ! そりゃもう、激しく!!」

 テーブルに前のめりになる勢いでアレクが言った。



 その勢いに目を丸くしたドミナだったが、お腹を抱えて笑い出す。胸が大きく揺れた。

「正直ね」

「美しいものに対して素直なだけです」

「助けたいって気持ちも?」

「はいっ!」

 茶髪を揺らしてアレクが頷く。


 ドミナは口元を手で押さえてクスクス笑った。

「いいわ。試してみましょう。その賭け、乗って上げるわ」

「ありがとうございます、ドミナさん!」

 アレクは深く頭を下げた。お茶のカップが揺れてカチャッと音を立てた。


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