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第9話 深淵の魔女ドミナの旅(後編)


 アレクはドミナの協力を取り付けた後、魔神を倒すために本の山へ向かった。


 ドミナの案内の元、本の山の中心部へと降りていく。

 螺旋を描きながらどこまでも続く階段。

 壁も天井もすべて本で埋まっていた。いや、本で作られていた。


 ドミナの作った魔法の光が、頭上に丸く輝いていて辺りを照らしている。

 丈の長いローブの裾を揺らして先を歩くドミナが、本でできた床に降りて足を止めた。



 迷宮の最下層にある広い空間。古びた黄色く変色した本が散らばっていた。

 ドミナは青い髪を揺らして正面を指さす。

「ついたわ。あそこにいるわ。見えないでしょうけど」


「呼び出してもらえますか?」

「ええ……」


 ドミナは目を閉じると、耳障りな呪文を唱え始める。獣のうめき声のような、意味の掴めない音の羅列。

 しだいに正面の広場に、黒い影がせり上がってくる。


 徐々に形を取り始めるものの、肉を無造作にこね固めたような、あらゆる生物から隔絶した不気味な姿を作っていく。

 黒と濃い緑の混じり会う肌。ねじくれた腕とも足ともつかないものが、団子の体から何本も生えている。太い血管が芋虫のように脈動する。



 ドミナが呪文を唱え終えると、アレクが前に出ながら叫んだ。

「下がっていてください!」

「どうする気!? 剣も魔法も効かないわ!」


「もう知ってますよ! だから……安らぎの闇を纏いし夜よ、恒久なる姿を顕現せよ! いでよ――夜を司る女神スクラシス!」


 アレクの叫びに応じて、大きな黒い玉が空中に現れる。

 玉が弾けると、銀髪を広げた少女がしたたかな笑みを浮かべて空中を漂った。波間を漂うように薄絹のローブが闇に揺れている。


「よかろう。今度はしくじるでないぞ! ……円を描くあまねく力よ! 万物を貫き巡る力よ! 光と闇の始原を越えて 今ここに顕現せよ――回転鎖刃器スレイングチェーンソー!」


 スクラシスが腕を振ると、アレクの前にチェーンソーが現れた。

 アレクは片手で受け取ると、持ち手の後ろについた紐を引っ張る。

 とたんに轟音が広間に響きわたった。チェーンソーの刃が高速で回る。


 玉の魔神がおののくように震えた。激しく手足がうごめく。

 アレクは躊躇せずに、チェーンソーを掲げて襲いかかった。

 逃げるかのように後退した魔神の固まりは、回転する刃に触れたとたん、煙のように弾けて消える。


「シャァァァ!!」

 断末魔の悲鳴を上げて、魔神は転がる。

 しかしアレクは慎重だった。一片の肉片すら残さないように、激しくかつ丁寧に魔神を消していく。

 そして、なにもかも消えた。重苦しい邪悪な気配までも。



 空中を漂いつつ眺めていたスクラシスが、うむっと頷く。

「今度はきれいに消したようじゃの」

「ありがとう」


「なに、アレクもよう頑張ったのじゃ。――では、またの」

 スクラシスは空中でくるっと一回転すると姿が消えた。

 アレクの持っていたチェーンソーも霞のように消える。



 暗い広間にはアレクとドミナが残された。

 ドミナが胸を揺らして近づく。

「今のは……ひょっとして、邪神?」

「ええ、俺の女神様です」

 アレクは白い歯を見せて笑った。信頼に満ちた笑顔だった。


 ドミナは、ふっと整った顔をゆるませる。

「……本当に、すべてを救うつもりなのね……でも、どうして? アレクくんがそこまでする必要はないでしょう?」


「だって、みんな可哀想じゃないですか。可愛いのに不幸で。本当は救ってもらいたかったはずなのに、誰からも手をさしのべられなかったなんて」

「同情だけで、ここまでしているの?」


「結局は自分のためですかね。俺も救ってもらえなかったから……だからこそ救いたい。今までだれも、あなたに手をさしのべなかったのなら、俺が代わりに抱き締めます。それが俺の願いだから」


「……それは、とっても大変よ? わかってるの?」

「はい。けど、がんばったぶん、素敵な笑顔に囲まれることができますから。そう信じてますから」


「わかったわ。アレクくん」

「はい、何でしょうドミナさん?」

「わたくしのこと、いつでもアレクくんの好きにしていいわよ」


「本当ですか! ありがとうございます! わーい!」

 アレクは両手を上げて子供のように喜んだ。

 ドミナはおかしそうに口に手を当てて笑うばかりだった。


       ◇  ◇  ◇


 暗闇の中に円柱が立ち並ぶ広間。

 円卓に五人の美少女が座っていた。

 ドミナが髪を揺らして語り終えると、他の四人は呆れとも感嘆ともつかない吐息を漏らした。


 ノクティが肩をすくめる。

「旧世界の魔神をそんなにあっさり倒しちゃうなんて。アタシでも勝てるかどうかわかんないのに」

「お姉ちゃんがそこまで評価するなんて、やっぱりアレクさんはすごいです。尊敬しちゃいます」

 邪竜姉妹は完全にアレクを認めている様子だった。



 一方、上座に座るルベルは紅の髪に手を入れて悔しそうに掴んでいる。

「あいつがそんなに強いなんて……あり得ない」


「まあ、彼一人だけではなかったけどね」

 ドミナが隣に座る邪神スクラシスを見る。


 スクラシスは子供が背伸びをするかのように、偉そうに胸を反らした。

「ふふん。わらわの力添えのおかげなのじゃっ」



 ルベルが疑わしそうな半目になって、ジトッとした目でスクラシスを見る。

「よく倒せる方法が見つかったものだな」

「ふんっ。異世界の文献を見て回ったおかげじゃ」


「あの島には探せば、ありとあらゆる本があるものね」

 ドミナが、ふふっと笑う。


 ノクティが顔を引きつらせる。

「探すったって、よくそんな面倒くさいことができるよねぇ、あいつ」

「あたしならすぐに諦めちゃいます。アレクさんってすごいです」


「そうね。彼ならきっと最高のハッピーエンドに連れて行ってくれるかもしれないわね」

「私はそんなこと望んでいないっ!」

 ルベルが円卓をバンッと叩いた。



 頬笑みを浮かべたスクラシスが流し目でルベルを見る。

「本当にそうかのう? 誰かに救ってもらうのも、一興じゃぞ?」


「くだらない……自分の身ぐらい自分で守れる。貴様たちだって……ん? まさかっ!? スクラシスもあいつに篭絡済みじゃないだろうな!?」


「話して進ぜようかの? 時間があれば、じゃが」

 スクラシスが、視線を円卓の端に動かす。ろうそくは今にも燃え尽きそうになっていた。



 するとケイが、あっと声を上げた。

「お姉ちゃん、そろそろ時間が……」

「ああ、みんなごめん。今日は集会が……そろそろ帰らなきゃ」

 いすから腰を浮かしてノクティが言った。


 スクラシスが大きくうなずく。

「では、次の機会にしようかの」


「むうう! 気になるが……仕方ない。本日の評議会、解散!」

 ルベルが叫ぶ声は、暗い広間に可愛く響いた。


ここまで二章。明日は三章を分割して投稿します。

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