今は亡き、父の形見
「なんだよ……それ……」
誰かが、震える様な声で呟いた。
「その槍、何なんだよ……!」
エマは絞り出す様な声を出す。
その指差した先にはユキが持つ白蓮華。それはエマにとって、到底無視出来ぬものだったのだ。それは、己の父親の一部で作られた槍だとは勿論彼女は知らない。そもそも、彼女は父親の顔も声も何もかも知らない。産まれた時から父親は居なかったのだ。
だが。
だが、エマは本能的に勘付いていた。
その槍が。
自分にとって、かけがえの無い存在の一部だと。
「ユキ、と言いましたね」
「え、えぇ」
ユキは何故こうも親の敵の様に睨みつけるエマに少々困惑しつつ、横から『七天魔皇』のミュランが声を掛けた。だが、ミュランもエマと同じ心境なのか複雑そうな表情だ。何か言おうとするのだが、何か躊躇っている様子にユキはカタカタと勝手に震えた白蓮華に何かを感じ、そして察したのか二人にそれを差し出した。
「……ぇ?」
「貴女が持つに相応しいんでしょう。その槍はある者に勝利し、その者が死ぬ前に戴いた牙だったものです。その者の名はガルディアス……」
「やはり……アナタっ!」
ミュランは差し出された白蓮華を受け取ると、それを愛おしそうに抱きしめた。そして、白蓮華もまるでかつての妻だと理解しているのか優しい光が満ちていく。本来なら、主力武器をこうもあっさりと手渡すのはおかしいのかもしれない。だが、助けられなかったアルトレアの父親ジークの存在。そして自分も父親であるが故、見過ごせなかったのだ。
「ユキ殿。あの人を……夫であるガルディアスを、救っていただき、感謝します……っ」
「夫っ!?」
まさかあの巨大なカルディアスの夫が目の前にいる美女だとは思いもよらなかっただろう。しかし、何故か不思議とそれが事実だと感じてしまうのだ。根拠はない。彼女が、嘘を着いていない理由はない。だが、ふとカルディアスが死ぬ直前の言葉を思い出した。
『我はやっと死ぬことができる』
あの言葉の意味はわからないが、振り返ればカルディアスは本当に理性を失って文字通り獣と化した破壊兵器にか見えなかった。
「お前、親父を……殺したのか!」
「止めなさい!エマ、カルディアスは……お父さんは、あのヘムンドゥによって化け物として蘇らされた。彼は苦しんでいた、死ぬことで救われるはずだった!けれど、私は……あの時、出来なかった。化け物になっても、あの人はあの人だったから……。私は、死を望んでいた夫を殺せず、あの場所に封印するしかなかった!あの人の仲間が眠る、あの場所に」
「は、母上」
「ごめんなさい……私は、ただ耐えられなかった。またあの人を殺してしまうなんて、出来なかった……っ」
静かに泣き崩れるミュランにエマは初めて見た今の母の姿に困惑するしかなかった。だが、今まで耐えてきたものだと理解したのかエマは静かにミュランの頭を抱き締める。ただ何も言わず涙を零すミュランを抱きしめるだけ。
その様子を眺めていたユキは静かにその場を後にする。しかし少し心の中で、もしカルディアスを強引にでも治療し、救えばあの母娘は救われたのではないか、と思わずそう考える傲慢さにつくづく嫌気が差してしまう。
暗い表情になっていたユキの頭をガシガシっと後ろからリゼットが乱暴に撫でる。しかし、彼女も何も言わず、ただ彼の頭を撫でるだけ。そして撫で終えたかと思うとユキと同じ位置に立ち、抱き合う母娘と、槍となった父カルディアスの姿に彼女は言うのだ。
「何となくだけどさ……シキ、お前はあの親子を救ったと思うんだ。離れ離れになった家族が、形は違えど再会できたんだからよ。だから……」
「リゼ……」
「あ〜……なんて言えばいいかわかんねえけど、気にすんなってこった!ほら、今やるべきことやんぞ!」
「うん、そうだね。ありがと、リゼ」
そして、ユキ――――シキは前を向いて歩む。
生きる道中、何度も間違ったり後悔することはあるだろう。
けれど。
それでも歩み続けなければならない。
生きている限り、決して歩みを止める訳にはいかないから。
その歩む道が正しいかなんて存在しない。
ただ、歩み続けよう。
正しいかどうかなんて、歩みを終える時が来てから振り返ればいいのだから。




