いとうつくしゅうていたり
誤字脱字報告、本当にありがとうございます。
これからも宜しくお願いします。
何時もと変わらない日常が、また1日過ごすのだと思っていた。
詩音の子守りをし、食事を作り、何時もの様に[箱庭]にある畑の野菜を娘達と共に収穫したり。
そしてアルトレアは妊娠し、日常生活の手助けをしたりしていた。まあ、アルに関してはシキとマリンが付きっきりなので、オレ達が直接どうこうするのは稀だ。
神喰狼・月光狼・真神達は家の周りを駆け回ったり、娘達の遊び相手にもなっている。
今は特に詩音の事に付きっきりだ。
三匹共、雌だから母性か何か感じるのだろう。
そして、今日は旦那であるシキが朝からふらりと何処かへ出掛けていってしまった。
本当ならば、只でさえつえぇ相手のやり合って病み上がりだ。
既に完治しているが、妻としてはもう少し安静にしてほしい。
まあ、直ぐにケロッとした表情で何事もなく帰ってくる。
そう思っていた。
「……!」
そろそろシキが何処にいるのか、女神ヘスティアに訪ねようと思った時、オレはこのシキの[箱庭]に只成らぬ気配を感じたのだ。
オレは祖母の形見にシキがくれた二つの刀を携えて、その気配の元へ駆けていく。
ただ、強い気配だけならここまで慌てる事はない。
だが、その一際強い気配の近くに微かに感じるのだ。
シキの気配を。
~~~~~
広い草原の中、一つの人形なのっぺらぼうが立ち尽くしていた。のっぺらぼうは目がない筈なのだが辺りを見回して観察している。
───(いゃぁ、なんだここは。天国か楽園かい?)
「誰だ、おまえ」
───っ!?
のっぺらぼうを見下ろす様に近くの丘にいた一人の女性が殺気を眼力のみで突き刺す様な威圧を放っていた。黒青色の髪に、獣を感じさせる鋭い金色の瞳はまさしく狼。一度狙われれば、地獄の底まで追い、そして喉笛をかっ切ってしまいそうだ。
ゆっくりと、彼女が携えていた二本の刀の柄を握り締め、少しその赤と桜の刃を覗かせていた。
───(不味いな。只でさえ……)
「おまえ、何者だって聞いてンだよ。おまえの様な存在は知らねぇ……この世界に入るには、ある男の許可がいる筈なんだがよ……」
チャキっと静かに抜刀した女性───リゼットは殺気を撒き散らす眼力を閉じたかと思うと、次は嵐の前の静けさを思わせる冷酷な瞳へ変わってしまった。
確実に人を殺める目だ。
だが、のっぺらぼうは気づいてしまった。
静かに抜刀したあのスローモーションで、目の前の地面に斬撃の傷が2つ刻まれていたのだ。それは今のののっぺらぼう───『迷宮の核』にとってはリゼットの相手は極めてキツイ事を理解していた。
「……黙りか。なら───」
────ちょちょちょっ!!!待って待って待ってッッッ!!!あやしいものじゃないって───いや、見た目からして明らか怪しいけども!!!やっぱ、怪しいから貴女の反応は当たり前なんだけども!!!
「なんだよ、おまえ」
かなり必死で狼狽えながらも敵ではないと言い張る『迷宮の核』はまるで小者感を出し尽くしているので、リゼットは警戒は緩めずに様子を見ている。
「で、おまえは何だ?」
───あ、よかった。人を探しててね、ちょうど良かったよ。
「おい」
───彼を、ね?
「かれ?」
すると、『迷宮の核』の後ろから恐る恐る顔を覗かせる子供の顔があったのだ。
癖っ毛の金髪にオッドアイの女の子の様な容姿の男の子。年齢は小学生一・二年生程。庇護欲を掻き立てる様な愛らしい容姿なその男の子は決して一人にさせてはならない。しかも、不思議な事に女性からすればこの子を拐ってしまいたくなる程の魔性の男の子。
しかし、その男の子をリゼットは知っている。
知っている、というより自分が知る大切な人と瓜二つなのだ。
「だ、だれです、か……?」
「シキっ!?」
───あーよかった。マスター君、君の知り合いみたいだ。
リゼットは直ぐにシキ?の元へ瞬間移動して抱き締めようとする。ちょくちょくシキは己の過去の姿を目の前の7歳まで若返れる……というより、時間を巻き戻してしまう魔法によってその姿になることも多々ある為、知っていたのだ。
しかし───。
「!」
「え」
リゼットが近付いた瞬間、シキ?はサッと『迷宮の核』の背に隠れてしまったのだ。リゼットはシキ?のまさかの行動に固まってしまう。
そして、ギロリと『迷宮の核』にガンを射抜くのだ。
「テメェ……シキに何しやがったァ?」
───えっ、いや、それが問題なんだけど……。
『迷宮の核』はリゼットに事情を説明しようとするのだが、その前にシキ?が再び怯えた様子でリゼットに言うのだ。
「ぁ、あの……あなたは、だれですか……?」
「───は?」
思わず息が止まりそうになるリゼット。何時もならリゼットの名前を呼び抱き締めてくれる筈なのに、目の前のシキ?は怯えながら恐る恐るだ。
「シキ、オレだぞ。リゼットだ」
「し、き……?わたしは、姫希です。けど……リゼットさん?何処かでお会いしましたか?心当たりが……その……」
「───っ」
リゼットの事を知らない。
己がシキではないと断言した。
そして何より、俺ではなくわたしというシキ?の一人称。加えておしとやかな口調はリゼットがよく知るシキとは真逆であった。
「……おい、これは、どういうことだ」
───どうやらマスター君、記憶を失ってるみたいなんだ。多分一時的とは思うけど、一刻も早くマスター君の身内に届けたくてね。
「……後で何があったか話せよ」
───勿論だとも。
リゼットは怒りを抑えて、後ろに隠れているシキへ声を掛ける。
「シキ……いや、姫希。オレと一緒にきてくれないか?」
「ぇ……?」
「……だめ、か?」
「ぁ、大丈夫、です。……あの、一つ御聞きしても宜しいでしょうか?」
「なんだ?」
「ここは───何処なんですか?わたしリエル様の御食事を御用意していた筈なんですが……」
「リエル、様?誰だよ、それ」
「わたしのご主人様様ですけど……御存じではありませんか?"全能"と称されしリエル・テケタクア様を?」
「あぁ、知らねーな」
「そう、ですか……」
「……」
落ち込んでしまうシキにリゼットは心をもやもやさせながら、強引に彼を抱き抱えてしまう。身体は小さく華奢なため、お姫様抱っこだ。
「ちょっ!?」
「じっとしてろよ」
「あっ、あのっ、どこへ!?」
「家だ……オレ達の、な。お前も着いてこい。下手な真似したら───わかってるよな?」
────了解したさ。
こうして記憶を失ったシキを連れてリゼットは自分達の家へ帰るのであった。




